リベラル・アーツからの出発(現代社会学科 橋本和幸教授 最終講義)|清心ダイアリー

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009 リベラル・アーツからの出発

■ 現代社会学科 橋本和幸教授 最終講義

2010. 03. 15

 2月27日、現代社会学科 橋本和幸(はしもと・かずゆき)先生の、最終講義がおこなわれました。タイトルは、「初めと終わり ― 黒板(白板)を背に41年 ―」。
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hashimoto5.jpg 日本における社会学の重鎮として活躍されている橋本先生。「自由の社会学者」と呼ばれたラルフ・ダーレンドルフにはじまり、ジョン・ロールズらをふまえて、社会集団・組織論の研究を進めてこられました。


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 ドイツの強制収容所を体験したこともあるダーレンドルフは、“私が自由を希求するのは、強制収容所の冷たい風の中、ミルクを求めて並んだ4歳のときからだ”と語っています。
 精神科医のヴィクトール・フランクルもそうですが、強制収容所のような極限を生きのびた人たちが、人間にとって本当に価値あるものが何か、人々に気づかせてくれることがあるように思います。

 社会学を学ぶ者の役割について ― 橋本先生による訳書『ホモ・ソシオロジクス』の中で、ダーレンドルフはこう述べています。
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 現代的で、開かれた、文明化された社会が一体いかなるものであるのか、またいかなる道がそこは通じているかを詮索するのは、社会学徒の任務である。これは、理論の領域である。
 また、いったん理論を身につければ、現実変革の過程に、つまり理性的なものを現実化させることに参加するのも、やはり社会学徒の任務である。これは、実践の領域である。
 こうした二つの領域の統一を準備することは、大学教育の課題の一つである。…

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 ダーレンドルフは、人間学的な視点を持った社会学者でした。
 ともすれば社会学者は、「客観性を重んじるため、人間について語るべきではない」と思われがちだが、それは思い込みにすぎないと、橋本先生は指摘します。
 そうではなくて、理論と実践を ― 学ぶことと、よりよい社会のために貢献することを、ひとつにつなぐ、それこそが大学の役割だと、ダーレンドルフは教えています。
 橋本先生ご自身も、金沢での実践を続けてこられました。「現代的で、開かれた、文明化された社会」を、コミュニティの場でいかに実現していくか ― 私的に見えるものが、いかにコミュニティの公共性に生かされていくか、市民とともに考えていきたいと、語られています。
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hashimoto7.jpg 本学の留学協定大学でもある、台湾の天主教輔仁大学の『日本語日本文學』誌に、橋本先生が発表された論文「老いと成熟 ― 第二の啓蒙宣言」です。以前このサイトでもご紹介した、日本語日本文学科 氏家洋子先生のご縁で、シンポジウムに参加されたとのこと。
 論文要旨には、「日本・聖母清心女子大学」という文字が… そんなふうに訳すんですね。


 ダーレンドルフはまた、コンスタンツ大学の創立に携わったとき、「社会学と歴史学は結びつかなければならない」と述べたそうです。
 自由を希求し、人間学的な視点から学問の本質をとらえなおすこと、理論と実践を結んで社会に貢献すること、学問の垣根にとらわれずに知と知が結びあうこと ― 橋本先生の研究から、リベラル・アーツ・カレッジである清心で、わたしたちが受け継ぐべきものが何か、たくさんの示唆をいただいた気がします。
 講義のあと、橋本先生にお会いしたとき、ダーレンドルフの探究の道程がリベラル・アーツに通じるのではないか… そう伺ってみると、「そう、それが出発点ですよ」と答えてくださいました。
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hashimoto4.jpg 資料とともに配られた、橋本先生のご略歴。
 卒業生の手によるイラストが描かれていました。


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hashimoto6.jpg 講義が終わり、司会の現代社会学科 紺谷先生が、橋本先生の真摯な研究の姿勢をあらためて感じたこと、決して多くはない言葉ですが、思いをこめてあいさつされました。
 ゼミ生さんから花束の贈呈。学生さんに慕われてきた先生なんだなあ、と思います。


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 最後にみんなで記念撮影。同じ学科の河合先生が、とても本格的なカメラで撮ってくれました。研究でも撮影されることが多いと思いますが、“プロ感”のただよう雰囲気です。セルフタイマーは普段そう使わないので、いろいろに試行錯誤しながら… なごやかな雰囲気につつまれて、無事みんながおさまりました。

 大学というコミュニティ ― 一人ひとり違う個性が集まっていて、機会あるごとに、新たな個性に気づかされます。
 卒業の時季 ― さまざまな変化が起こるときですが、 本当に価値あるもの、誰かが真摯に取り組んだこと、みんなが思いを分かちあったこと… それは、どうしてもコミュニティの中に、生きて引き継がれていくように思います。

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