2018年
11月02日

総監視社会の中で:情報ツールとの使い方をめぐっての雑感:学科の紹介【43】

総監視社会の中で:情報ツールとの付き合い方をめぐっての雑感

                                                                                 

山下 美紀 教授

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 携帯電話を失くした。
すぐさま契約会社に連絡をして使用を止めてもらう。紛失したと思われる所に連絡を試みるが見つからない。
どうしよう。
決めた!もうケータイ持つのをやめよう!
ゼミ生にケータイの紛失を伝えると「えー」との声。さらに、これから携帯電話は使わない予定である旨伝えると、「ギョえ゛ー」という絶叫。ゼミ生たちからの「みんなでキッズホンを買ってあげるから持ってください」という優しいお申し出をきっぱり断り、携帯のない生活が始まった。

(連絡は糸電話か、伝書鳩か。)

 

 不便かというとさして困らない。そもそもガラケーなので、用途は電話機能とメール機能のみ。しかし、家に固定電話はあるし、パソコンからメールは送れるので不便はない。むしろ、連絡手段を持っていない私とは簡単に連絡が取れないので、ドタキャンや待ち合わせの遅刻が減る。
 一方、スマホのない生活など考えられないという学生たち。スマホで利用する機能は多岐にわたる(らしい)。そしてそれは、生活にとって重要な位置を占める(らしい)。
情報社会といわれて久しいが、情報化の進展は私たちの生活世界にどのような影響を与えているだろうか。
 先日、ゼミ生たちとゼミ旅行に行った。旅行の間、とにかく彼女たちはスマホを活用している。フェリー乗り場、ランチの場所、入場料金、乗り換え路線をいともたやすく調べてくれる。ありがとう。そして、行く先々で撮影タイム。FBやライン、ストーリーにつぶさに挙げている。

(2018年度ゼミ旅行(宮島にて)。すべてゼミ生が計画してくれた。)

 

 誰が、いつ、どこで、誰と、何をしているかがあっけなく判明する。

 1975年フーコー1)は、ベンサム2)の考案したパノプティコン(一望監視装置)3)が近代社会の特徴であることを指摘した。権力側の「監視する者」は「監視される者」に知られることなく人々を監視することができるという。監視される者は、監視者によって個人的に特定され、常に見られ、その私的な個人情報は蓄積されていく。監視されている側=つまり私たち一般人は、監視されていることを意識しながら生活せざるを得ないというのである。
 ところが、現在はどうだろう。スマホなどの利用によって「監視する者」と「監視される者」は常に入れ替わる。厄介なのは、自分が他者を監視していることも、また他者から監視されていることも意識されていないことである。さらに、SNSなどを通じて、軽々と自分の情報を見世物(スペクタクル)化しているといえる。知らない間に、自分のあれやこれやが、不特定多数の他者に無意味に知られていく、、、、。これ以上は怖いので考えないことにしよう。
 ところで、先日、携帯電話が戻ってきた。どうやって付き合っていこうか、悩みどころである。

 

1) Foucault,Michel 1926-1984 フランスの思想家・歴史家。言説の産出・配分を統率する権力の関係や政治学、それらの歴史的変化の過程に分析の焦点をあてている。近代社会のなかで登場してきた監獄、さらには学校、工場、病院が、人々に対して規則を内面化した従順な身体を造り出す装置として機能していることを指摘した。
 Surveiller et punir:naissance de la prison,Gallimard,1975(=田村淑訳、『監獄の誕生』新潮社、1977.)

2)Bentham,Jeremy 1748-1832 イギリスの法学者。古典的功利主義の創始者。パノプティコンに「一望監視装置」という訳語を考案し、監視の存在が人々の性格を改善し、習慣を新たにするという効果を主張している。

3)パノプティコン(=panopticon)とは、「すべて」を表す pan と「見る場所」を表すopticonからなる語で、監獄の監視体制を示している。中央に高い監視塔を設け、それを取り巻く形で工房や監房を配置すると、監視塔からは各房の内部が見渡せるが、房のなかからは監視者が見えない。