2014年
08月01日

「ハッピーアイスクリーム!」を知っていますか?|木下 華子|日文エッセイ130

日本語日本文学科 リレーエッセイ

【第130回】 2014年8月1日

【著者紹介】

木下 華子(きのした はなこ)
古典文学(中世)担当
平安時代後期・鎌倉・室町時代の和歌や、和歌をめぐる様々な作品・言説について研究しています。

                   

「ハッピーアイスクリーム!」を知っていますか?

 

ハッピーアイスクリーム

 「ハッピーアイスクリーム」という言葉をご存じだろうか。アイスクリームやお菓子メーカーの名前ではない。会話の中で、2人が同時に同じ言葉を口にした時、お互いに「ハッピーアイスクリーム!」と言い合うというものである。
 先に言ったほうがアイスクリームをおごってもらえるとか、言うと同時に相手の肩をぽんと叩くとか、地域や年代によって様々なルールも存在する。言葉そのものも変化するようで、私が生まれ育った福岡県では「ハッピーアイスクリーム」だったが、山梨県出身の同僚は「ハッピーストップお返しなし」と言っていたそうだ。インターネット上での情報ではあるが、「ハッピー○○」という様々な形が存在するという。
 2人の言葉と声が重なった時、何事もなかったように会話を続けるのは難しい。一瞬間が空いて、気恥ずかしいような何とも言いようのない感覚に陥ってしまう。その空気を「ハッピーアイスクリーム!」で断ち切って笑いを起こす、そういう言葉であったように記憶している。

昭和50年代の少女漫画

 この言葉を私の周辺で聞き込んでみると、昭和40年生まれから平成生まれの現在の大学生まで、まばらではあるが使った経験があると言う。時期は中学生前後、およそ思春期の頃のようだ。短めに見積もっても、40年近く命脈を保ってきた言葉ということになる。
 どこから発生したのだろうと思ってはみたものの、辞書には載っていない。インターネット上で検索してみると、昭和50年代に刊行された少女漫画で使われていたことがわかった。『週刊マーガレット』(集英社)で昭和50年に連載された岩館真理子『初恋時代』と、昭和53年から59年にかけて『別冊少女フレンド』(講談社)で連載された大和和紀『アラミス'78』である。それぞれのせりふを見ると、

 ■『初恋時代』 前編・すてきな出会いの巻(昭和50年)
  「いまはやってるのよ これ ふたりが同時におんなじことばをいっちゃったとき 
     ハッピー・アイスクリームって先にいったほうが勝ちなの いえなかったほうは 
     アイスクリームおごるので──す」(高校2年生・女子)
 ■『アラミス'78』 Message13「はっぴいアイスクリーム」(昭和56年12月)
  「ゲームだよ 二人で同時に同じこといったら さきにハッピーアイスクリームって
   いったほうが アイスクリームをおごってもらえるってわけ」(高校2年生・男子)

大和和紀『アラミス'78』(講談社コミックスフレンド、全4巻、昭和54・56・57・59年)。

となっており、最初に述べた状況そのままであることがわかる。
 『週刊マーガレット』『別冊少女フレンド』(後に『別冊フレンド』)は、ともに少女向けの漫画雑誌であり、10代の女の子をメインターゲットにしている。つまり、この習慣は、昭和50年代初頭にはどの程度かの範囲の女の子たちの間で流行していて、それを取り上げた漫画によってさらに拡大したという見通しが得られようか。
 なお、『アラミス'78』では、主人公の高校生・海神龍之介(わたつみりゅうのすけ、通称アラミス)が、冬のボーナスでドレスを買うと言っていた恋人の女性教師・谷杏子(たにきょうこ)へのクリスマスプレゼントとして、自慢のヒゲを剃ってアルバイトしたお金でドレスに似合う靴を買う。杏子先生のほうはボーナスを使い果たしてドレスが買えず、雪の中、必死のアルバイトで得たわずかな賃金でアラミスにヒゲ用ローションを買うのだが、顔を合わせた時には、アラミスにはローションを付けるヒゲはなく、杏子先生には靴に合うドレスがない。オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』のごとく(杏子先生はボーナスの使い過ぎで自業自得だけど)、同じような行き違いをしながら同じように互いを思うというお揃いの状況に、「ぼくたちやっぱりハッピーアイスクリームだ......!」と2人が微笑むという結末だ。「ハッピーアイスクリーム」が、言葉と声の重なりから状況と思いの重なりへと拡大される。それがこの話の勘所なのである。

声が重なる・声を合わせる

 実は、声が重なる・声を合わせるという状況は、連帯感を生み出すことに大きく作用する。家族やクラス全員揃っての「いただきます」、校歌斉唱、スローガンの斉唱など、共同体の構成員が声を合わせることで連帯感を高めるという経験は誰しもあろう。労働時に皆で歌う作業唄(茶摘み唄や酒造り唄など)も、連帯感と作業能率を高めることに大きく寄与する。意図的なものであっても、声を合わせれば、そこにはいつの間にか連帯感が育まれる。声が重なるというのは、理屈など軽々と飛び越えて私たちの身体の深いところを揺さぶるような、強い力を持つのだ。
 それが偶然起こったら、無意識に互いの声が重なったら、そこには人為などを遥かに超える不可思議な力が発生するのではないだろうか。皆がふと沈黙した時に「天使が通る」と言うが(もとはフランスの諺「Un ange passe」)、偶然に起こる他者との一致は、人知を超えた存在を感じてしまうほどに、非日常的なものなのだろう。だからこそ、予期せぬ声の重なりに、私たちは会話を続けられなくなるのだ。
 不可思議な力に覆われた非日常の空間から抜け出すためには、特別な力が必要である。「ハッピーアイスクリーム!」とは、非日常を日常へとリセットする呪文の働きをしているのだろう。その言葉が「アイスクリーム」なのが、また不思議で楽しい話なのだが。子どもの頃、無邪気に唱えていた言葉の向こうには、思いも寄らぬ世界が拡がっているようで、ちょっとどきどきするのである。

 

*画像(下)は大和和紀『アラミス'78』(講談社コミックスフレンド、全4巻、昭和54・56・57・59年)。
  画像の無断転載を禁じます。