2004年
03月31日

帝の質問  ―『竹取物語』の終わり―|星野 佳之 |日文エッセイ5

日本語日本文学科 リレーエッセイ
【第5回】2004年3月31日

帝の質問 ―『竹取物語』の終わり―

著者紹介
星野 佳之(ほしの よしゆき)
日本語学担当
古代語の意味・文法的分野を研究しています。


『竹取物語』の終わりも近く、かぐや姫が天上に帰った後に、次のような場面がある。

(帝ハ)大臣・上達部を召して、「いづれの山か天に近き」と問はせ給ふに、ある人奏す、「駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る」と奏す。

帝は、かぐや姫のいない地上では何の意味もないといって不死の薬を燃やす。それを姫のいる天になるべく近い場所で行いたかったのである。帝の使は駿河の国の山に至り、頂上で薬と帝の手紙を焼いた。そのとき大勢の兵士を従えて行ったから、「富士」というのだ、と話は続く。 先に引用した場面の、帝の下問に対する答え「駿河の国にあるなる山」の「なり」は、いわゆる「伝聞推定のなり」である。受験生には馴染みの助動詞であろう。現代語訳せよ、という問題でもあれば、「駿河の国にあるという山」となるだろうか。
しかし、このように識別と訳が済めば『竹取物語』のこの部分の理解ができた、ということにはならない。むしろここから始まる問題が、あるように思うのである。

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この問答は、よく考えてみると変わったところがある。「天に(最も)近い山はどの山か」「駿河(今の静岡県東部)にあるという山がそうです」とやりとりされる。ということはつまり、帝と公卿といったいわば当時の最高権力者たちが、あの富士山をよく知らないのであった。
現実の世界では、『竹取物語』の当時すでに富士山は有名であった。まだ活火山であった富士は、常に煙を上げ続けることから「永久」のシンボルとして早くも『万葉集』『古今集』の歌に詠まれている(我妹子に逢ふよしを無み駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ・万葉集2695、人しれぬ思ひを常にするがなるふじの山こそわが身なりけれ・古今集534)。
その「駿河なる富士」を知らない帝と公卿は、それではおぼつかない暗愚として描かれているということなのか。そうではない。「富士」の名がこのとき付けられた、と後で語られるように、『竹取物語』はその舞台を、書かれた当時から見ても遙かに昔の「古代」に設定しているのである。「今は昔」と語り始めたその「昔」が、富士の煙が立ち続けていた永遠とも思われる時間の前だったのだと、物語の最後になって明らかにされるわけだ。
そこまで古い話としてわざわざ物語る理由は、最後の一文にうかがわれる。
その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ、言ひ伝へたる。
(その煙は、未だ雲の中に立ち昇っていると、言い伝えられている。)

この煙は、帝が不死の薬と手紙を焼いて昇る煙である。薬を焼いて永遠の命を拒んだ帝の姿は、「不死の国に戻るよりも地上に留まって父母の老いを見守りたい」と言ったかぐや姫の姿と、完全に一致する。美しく永遠に生きて物思いのない天人よりも、醜く老いて最後には消滅するが、その間に愛し悲しむ人間でこそありたい、と二人は思ったのである。
結局かぐや姫は二度と地上に帰れない天に戻されるし、帝はかぐや姫を思いながら死んでいったことであろう。しかし、この悲しい人間性を選んだ帝の体は滅びても、その思いは、永い間、今でも、煙となって昇り続けている。物語はそう言って終わりたかったのに違いない。物語が、前半とうって変わって「富士」の語源を説くだけで話を終えないのも、ひとえにこのためである。結末をこう読む私は、今でも富士山が煙をあげていたらなあと思うことが時々ある。

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こう読んだとき、『竹取物語』にとって「古代」という時代設定はテーマの表現に関わる大事なものであった。「伝聞推定の助動詞なり」は、この表現の道具の一つである。ともすれば私たちは、助動詞の識別や訳やのそれ自体が目的であるような気がしてしまうものだが、時としてそこを窓として開けてくる世界を覗かないのは、随分ともったいないことのように思うのである。

「駿河なる富士」