ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 
第22回大会のご案内

 2019年度ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会を、下記の日程・内容にて実施いたします。当日の研究発表・実践報告者を募集いたしますので、下記の要領にてご応募下さい。皆さまの奮ってのご参加をお待ちしております。 

                 記

[大会スケジュール]

日時:2019年6月16日(日)10:00~16:30(予定)

  〇開会挨拶

  〇総会

  〇研究発表・実践報告

  〇茶話会(昼食)&情報交換会 
   *昼食は各自ご持参ください。

  〇国語教育部会

 

[研究発表・実践報告応募要領]
昨年度より応募方法が変更になっています

  〇発表時間は25分以内、質疑応答は15分以内です。

  〇応募締切は5月8日(水)です。厳守願います。

  〇発表希望者は発表題目と発表要旨(500字内)
   連絡先・氏名を記し、以下のメールアドレス、
   大会担当(東城敏毅)までお申し込みください。

    tojyo@post.ndsu.ac.jp(東城)

  

 ※ なお、機関誌『清心語文』第21号への投稿も募集しております。詳しくは第20号投稿規程をご覧下さい

 日本語日本文学科の教員が、お薦めの図書について、それぞれ分担して紹介文を書きました。みなさんが、日本語とそれにまつわる文化について考える際のガイドとなれば幸いです。

推薦図書の一覧は以下の通りです。
紹介文は次のPDFファイルに掲載されています。
2019ノートルダム清心女子大学・日本語日本文学科・推薦図書.pdf

 

古典文学

1 『古典がもっと好きになる』 田中貴子 岩波ジュニア新書
2 『知ってる古文の知らない魅力』 鈴木健一 講談社現代新書
3 『万葉集から古代を読みとく』 上野誠 ちくま新書
4 『はじめての日本神話―『古事記』を読みとく』 阪本勝 ちくまプリマー新書
5 『百人一首の正体』 吉海直人 角川ソフィア文庫
6 『男読み源氏物語』 髙木和子 朝日新書
7 『源氏物語ものがたり』 島内景二 新潮新書
8 『恋する伊勢物語』 俵万智 ちくま文庫
9 『いくさ物語の世界―中世軍記文学を読む』 日下力 岩波新書
10 『和歌とは何か』 渡部泰明 岩波新書
11 『蕪村』 藤田真一 岩波新書
12 『江戸の出版統制―弾圧に翻弄された戯作者たち』 佐藤至子 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー)
13 『江戸しぐさの正体―教育をむしばむ偽りの伝統』 原田実 星海社新書
14 『新唐詩選』 吉川幸次郎・三好達治 岩波新書
15 『漢文法基礎 本当にわかる漢文入門』 二畳庵主人・加地伸行 講談社学術文庫
16 『漢文の読みかた』 奥平卓 岩波ジュニア新書

近代文学

17 『読書力』 斎藤孝 岩波新書
18 『小説の読み方』 平野啓一郎 PHP新書
19 『物語の役割』 小川洋子 ちくまプリマー新書
20 『女が読む太宰治』 筑摩書房編集部 ちくまプリマー新書

日本語学

21 『女ことばと日本語』 中村桃子 岩波新書
22 『ていうか、やっぱり日本語だよね。』 泉子・K・メイナード 大修館書店
23 『日本の一文 30選』 中村明 岩波新書
24 『くらべてわかるオノマトペ』 小野正弘 東洋館出版社

言語文化

25 『新編教えるということ』 大村はま ちくま学芸文庫
26 『日本語の作文技術』 本多勝一 朝日文庫
27 『漢字―生い立ちとその背景―』 白川静 岩波新書
28 『名文を書かない文章講座』 村田喜代子 朝日文庫
29 『図書館へ行こう』 田中共子 岩波ジュニア新書

【著者紹介】
 原 豊二(はら とよじ)
 古典文学(中古散文)担当
 
源氏物語など平安時代の文学を多角的に研究しています。

  

  日本文学概論という講義

 

 現在、「日本文学概論Ⅰ」という講義を担当している。この講義は主に古典文学に関わる内容を教授するもので、その準備にはいくらかの手間と時間を要した。
 開講にあたり、まずは教科書の選定を考えてみた。各出版社のホームページなどを見ながら、現在の学生に合う教科書がないものかと探し続けた。新刊で手に入るものもあったが、古本でしかないものも多く、とにかく「日本文学概論」と名の付く書籍をかたっぱしから収集してもみた。自分が学生時代に使った『日本文学概論 改訂版』(秀英出版・1968初版)も手に入れたが、これらかつての大学で使用されていた教科書類は、出版年時も古く、内容も詳細であるが難解、本の装丁も重苦しいものが多く、言い方は悪いが、もはや時代に合わないシロモノのようにしか見えなかった。
 このように思い悩んでいた時に、学会会場で出会った出版社の方に「だったら、ご自身でお書きください。」と言われ、この提案自体にも正直驚いたが、この時は全くそんなものを書くような勇気はなかった。
 こうしているうちに開講年度となり、具体的な授業準備が始まることになった。前年度まで「日本文学史Ⅰ」は教えていたので、その講義との差別化が大きな課題だった。特に前年度「日本文学史Ⅰ」を受講した学生のほとんどが「日本文学概論Ⅰ」を受講する事態となり、同じようなことを話すわけにはいかなかったのである。
 文学史というのを教えるのもそれなりに大変だったが、高校生向けのものも含めて、この分野に関連する教科書は多く刊行されていて、その講義環境は整っていた。また、文学史は作品や作者を時代順に並べて扱うものであるから、上代から中古、中世とより体系的であった点にも助けられた。
 ところが、日本文学概論の場合、「日本文学の形態」「日本文学の理念」「日本文学の研究」「日本文学の課題」といったように、時代を大きくまたぎつつ、抽象的な内容も含めて教えなくてはならない。教科書が充実していないこともさることながら、それらの古い教科書がそれぞれに内容を大きく異にしているということにも気付かされた。収集した教科書の良いところを探し出して、学生に提示するような講義を当初はしていくより仕方がなかった。
 それでも、古典文学に関わる「形態」や「理念」など、こうした問題に向き合ううちに、躊躇していた教科書執筆への微かな意欲が湧いてきたのである。というのは、毎回真面目に私の講義を聴いてくれる学生たちを前にして、自分なりにこの講義の答えのようなものを伝える義務があるのではないかと思えてきたからだった。そのことに加えて、教育効果を上げるという目的のためにも、やはり教科書はあった方がよいと純粋に考えた。
 早速、出版社と相談してとにかく入稿できるよう執筆にとりかかった。自身の怠慢な性格も手伝って、入稿までこれもまただいぶ時間がかかり、翌年の講義にも出版は結局間に合わなかった。入稿後は校正や写真の選定などがあり、これも教科書という性質上だいぶ気をつかったが、『日本文学概論ノート 古典編』(武蔵野書院)は2018年10月になんとか上梓することができた。
 その後早い段階で多くの大学の先生に読んでいただき、そして多くの感想をいただいた。「もっと原さんの個性を出した方がよかった」とか、あるいは「文の末尾が「思います」調なので、講義で自分が話すという形式では扱いにくい」とかいろいろな感想があった。また、他の大学で課題図書・推薦図書にしていただけるような話もあって、うれしくも思った。
 本の内容はおおむね「日本文学概論Ⅰ」の講義で話したことであり、講義の記録という側面ももちろんある。だが、今後の講義ではこの教科書をもとにしつつ、さらにブラッシュアップを重ねていきたいと思っている。このようにして「生きた教科書」にしたいというのが私の願望だ。学生たちとコミュニケーションを取りながら出来上がってきたものであるが故に、次の受講生たちの反応が楽しみでもある。
 この教科書の裏表紙の見返しには、宇治川沿いに設置された紫式部像を掲載させていただいた。これも実は本学のゼミ合宿中に撮影したものである。最後になるが、紫式部像のカラー写真の使用をお許しいただいた宇治ライオンズクラブの皆さまに御礼を申し上げたい。

 

原豊二著『日本文学概論ノート 古典編』(武蔵野書院、2018)

 画像の無断転載を禁じます。 

 

【著者紹介】
 星野 佳之(ほしの よしゆき)
 日本語学担当 日本語の意味・文法的分野を研究しています。

  

また書いてね
―第34回岡山市文学賞・市民の童話賞の表彰式を終えて―

 

 2年前から、岡山市主催「市民の童話賞」の小中学生の部の選考委員を務めています。このたび、その表彰式が本学にて開催されました。このエッセイでは、入賞作がどのようにして選ばれるのか、その一端をご紹介したいと思います。

 今年は297作の応募がありました。これを市内の学校図書館司書の人達が分担して読んで、予備選考をしてくれます。これを通過した57作品について、私を含む4人の選考委員が全て読んだ上で集まり、「若干数」と定められた入選と佳作を選びます。今年は最終的に入選5作品、佳作3作品を選びました。
 選考は楽しくもあり、大変な作業でもあります。応募作品はそれぞれに工夫の凝らされた物語ですから、楽しいというのは当たり前ですが、それだけに何作品かに絞らねばならないというのが、とても大変なのです。選考委員同士の好みが合う作品を残せば良いというものでもありません。
 特に今年は、選考中に何度か私たちの間で、「『童話』としてはどうなのだろうか」というやりとりが持ち上がりました。どういうことかというと、最近はウェブ上で、短く整えられていて、しかも意外な結末が用意されているようなストーリーに接することが多くなりましたね。「後で気づくと怖い話」とか。でも、あれらの全てが「童話」なのでもないわけです。「よくまとまっている」とか、まして「子どもが出てくる」というだけで、直ちに童話だとはならないだろうということで、私たちはところどころ悩んだのでした。
 それは結局「童話とは何か」を考えることに他なりませんし、選考委員の私たちだって必ずしも確実な答えを持っているわけではありません。今回応募してくれた小中学生から問いかけられて、共に考えたという感じがします。
 また、「良く書けている」というのも一筋縄ではありません。テーマの主張がはっきりしている、或いは展開がスムーズなど、読みやすい作品は毎年多く届けられます。そんな分かりやすい文章を小中学生で書けること自体が既に素晴らしいことです。しかし、言葉で説明され尽くした明確な文章は時として「解説」に傾きやすく、その分「物語」からは遠ざかってしまうことがあります。その意味で、表彰式の時に森田恵子さん(一般の部選考委員)が「全てを書いてしまうのが物語ではない。作者と読者との間にやりとりが成立しなければならない」というように仰っていたのは、全く同感です。
 こういうことを考え、応募された作品群の広がりにも見合うように心がけて、入賞作を選考委員会で決めました。こんなわけですから、今回は選に入らなかった作品にも、本当におもしろい話がいくつもあったのです。

『おかやま しみんのどうわ 2019』(ふくろう出版)

 表彰式では、岡山市長から賞状が作者のお一人お一人に手渡されます。私は当日、そのうちのお二人、『本の家出』を書いた難波明花さん、『アルビレオの宝石』の辻颯太郎さんと、直接お話しする機会が持てました。
 難波さんは、小説や図鑑、マンガといった主人公たちを描き分けようとしたことを、一生懸命お話ししてくれました。それが各キャラクターの性格として結実しているだけでなく、家と図書館の本それぞれの生涯が交差するストーリーに、立体感を与えていると思います。辻さんは表彰式の後にも会場に残り、一枚の絵を見て物語の冒頭を書き始めてみるというワークショップに参加してくれました。この実作が即興なのにまた非凡な出来栄えで、同じ班の参加者たちから、「さすがね」とか「将来は芥川賞かな」などと言われていました。大げさな褒め言葉でもないと私は思っています。
 難波さん、辻さんの他、全ての受賞者の皆さんに、表彰式の会場で多くの人が口々に言っていたのが、「また書いてね」という言葉でした。受賞者のみなさんも、今回は入賞に至らなかった方も、そしてまだ応募したことのない方も、ぜひまた書いてほしいと思っています。
 それと同時に、或いはむしろ受賞者よりも、ご来場下さった皆さん、岡山の皆さん、そしてまだこの市民の童話を読んだことのない方に、「(また)読んでね」と申し上げたいと思います。私たちは幸せなことに、毎年毎年34年続けて小中学生がお話を生み出してくれるような、いい街に住んでいます。でもそれは当たり前のことではないのです。みんなが本を買い、お話を読み、楽しいとか悲しいとかと感じたり考えたりを続けていかないと、そんないい街はいつの間にか無くなってしまうかもしれないのです。読者のいないところに物語はありません。
 入賞作品は、どれもとても面白く、すばらしい童話です。一般の部の受賞作とあわせて、『おかやま しみんのどうわ 2019』(ふくろう出版)という本になりました。ぜひ手に取って、読んでみてください。

  

● 岡山市「市民の童話賞」については こちら をごらん下さい。

● 作品集『おかやま しみんのどうわ 2019』(ふくろう出版)は、リンク先出版社のサイトを経由しても購入できますし、岡山市内の各書店でも販売されています。

● 過去の表彰式の様子については こちら でご紹介しています。あわせてご覧下さい。

画像の無断転載を禁じます。 

 

【著者紹介】 野澤 真樹(のざわ まき)

 近世文学担当
 主に上田秋成の研究をしています。

 

  江戸時代の「替え歌」

 

 子供のころに何らかの替え歌で遊んだことのある人は多いのではないでしょうか。替え歌にはよく知られた歌のメロディーに全く別の歌詞をのせるものと、元の歌詞の一部を改変するものとがあります。前者ですと、私は小学生の時には「アルプス一万尺」のメロディーで「となりのじっちゃんばっちゃん芋食って屁こいて大事なパンツに穴あけた」と歌うものがありました。当時はこれだけで大笑いしたものです。
 ある程度大人になっても楽しめるのはむしろ後者でしょう。私の実体験では、大学1回生の頃、大学祭の催しの宣伝に、「修二と彰」というユニットの「青春アミーゴ」という楽曲の替え歌を利用したことがあります。著作権の問題もありますのでここでその内容を紹介することは控えますが、その替え歌を仲間と一緒に考えた時には、やはり皆大笑いしながら様々な歌詞を提案し合ったのを覚えています。
 江戸時代には「地口」と呼ばれる一種の駄洒落が行われました。同じ発想から、よく知られた歌謡の替え歌があったのは自然なことと思われます。しかしこれらはひとときの慰みであり、それを取り立てて書き残した資料を私は知りません。替え歌の存在が確認されるのは当時の人間模様を伝える文学作品からです。
 例えば、明和(1764~1772)から安永(1772~1781)にかけての作品に下のような替え歌が頻繁に見られます

 亀次郎・仲兵衛段々に数寄屋へ入ば、お香、挨拶ていねいに爐の炭を仕かけらるる粧ひ、さりとは古今に稀なる風流、三人の客は一向見とれて...「此様な恋しい茶の湯が唐にもあろか」と上客金多郎が心の内の嬉しさ...(明和7年1770刊『風流茶人気質』)

 内儀が心得、徳利提げて呑酒やへはしり、店にならべし鉢ざかな、にしん棒鱈取まぜて帰り、「一つあがれ」と出しければ、さいつおさへつつまみぐい、「こんなゑいにしんがたらにも有ろか」と出ほうだいにうたひながら女郎の膝に足もたせ分相応の楽しみは...(明和8年1771刊『俄仙人戯言日記』)

 「さあこれからは参宮※1の用意のみ」となんでも見せの売出しをつなぎ立て、御神様への御初穂、末社末社の参銭...笠も脚絆も壱やうに皆子母銭※2で買ひたつれば、買ふたといふは名ばかり我物いらずの旅ごしらへ、「こんな参りが唐にもあろか」とはなうたのつれぶし...(安永2年1773刊『向不見闇農礫』) ※1 伊勢参宮のこと ※2 使っても減ることのない不思議な銭

 「こんな○○が○○にもあろか」というフレーズは様々なバリエーションを見せながら多くの作品に登場します。この元ネタが伺える記述として、明和五年に刊行された『加古川本艸綱目』に「こんな貞女が唐にもあろかと唐迄もひけらかした時花歌に」とあり、ここに「時花歌(はやりうた)」とあるので、この元となったのが当時の流行歌謡であったことが知られます。
 その歌謡は先に挙げた作品に少し遅れ安永5年(1777)に刊行された『艶歌選』という本に見えます。『艶歌選』は当時宴席や遊廓で歌われた流行歌謡を戯れに漢詩に訳した作品で、ジャンルでいうと「狂詩集」と呼ばれるものです。この作品には歌謡の詞章とそれを漢詩に訳したものとが載りますが、ここでは該当する歌謡の本文のみを紹介します。

 ひろひせかいにすみながら せもふたのしむまことと誠 こんなゑにしが唐にもあろか

 ちょうど明和・安永の頃、これが遊廓や酒宴の席上でしばしば歌われていたのです。元ネタを知ると、例えば先の『俄仙人戯言日記』が「こんなゑにし(縁)」を「ゑいにしん(良いニシン)」、「唐」を「たら(鱈)」という風に洒落を聞かせていることがわかり、いっそう面白く読むことができます。
 話題はエッセイの冒頭に戻りますが、そもそも「青春アミーゴ」という曲を知らない人と、その替え歌を共に楽しむことは不可能です。つまり替え歌とは元となる歌を知っているコミュニティのみに有効な笑いなのです。人によっては伝わらない笑いだからこそ、それを共有していることの喜びが増すのでしょう。
 後に挙げた「こんなゑにしが...」の歌謡は「青春アミーゴ」と同様に享受者の世代を限定する笑いといえます。この歌が流行した時期に遊廓などでこれを耳にした人々は作中の替え歌を大いに楽しんだに違いありません。一方で江戸時代の流行歌謡をリアルタイムに聴いたことのない我々は、様々な同時代資料を駆使してその元ネタにたどり着く必要があります。容易なことではありませんが、元ネタにたどりつけた時には少しだけ当時の人々の仲間入りができたような気がして嬉しく感じたりもします。

 国立国会図書館蔵 『艶歌選』 ※左右の頁にまたがるのが「こんなゑにしが...」の歌謡本文(国立国会図書館デジタルコレクションより)

《引用文献》
『風流茶人気質』...早稲田大学蔵本(早稲田大学図書館古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_00380/index.html)
『俄仙人戯言日記』『向不見闇農礫』...上方藝文叢刊10『浪花粋人伝』(八木書店、l983)
『加古川本艸綱目』...『潁原文庫選集』第二巻(臨川書店、2017年)
『艶歌選』...国立国会図書館蔵本(国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/