【著者紹介】
 綾目 広治(あやめ ひろはる)
 近代文学担当 昭和~現代の文学を、歴史、社会、思想などの幅広い視野から読み解きます。

 

  反骨の文学者たち

 

 本学が位置する岡山県は、実に多くの文学者を輩出したところです。大阪などの大都市圏を除くと、輩出数は西日本屈指です。また、岡山出身ではないけれど、岡山に移り住んだりして、岡山に縁(ゆかり)のある文学者などをも含めれば、岡山に関係のある文学者たちのみで日本の近代文学史を語ることができるほどです。明治初期の翻訳もの中心の時代から現代までの各時代で、途切れなく岡山関連の文学者が登場しているのです。このことに驚かされます。
 その中でも、岡山に縁のある一群の文学者たちには、或る系譜というものがあるのではないかと思われます。それは反骨(はんこつ)の系譜です。反骨というのは、権力や支配体制などに容易に靡(なび)かない気骨(きこつ)、気概のことです。岡山に縁のある文学者の中には、政治的社会的な主張などを特に持っているのではありませんが、しかし、反骨の精神を持った人たちがいます。
 たとえば吉行淳之介(よしゆき じゅんのすけ)です。ただ、彼は生まれてからすぐに東京に移り住んでいます。しかし、彼は〈自分の郷里は岡山である〉という郷土意識を持ち続け、学校の夏休みなどには岡山の親戚の家で過ごしていたようです。
 1941(昭和16)年12月8日、吉行淳之介が通っていた旧制中学校で校内放送が、日本軍による真珠湾攻撃の報を知らせた時、ほとんどすべての級友たちが歓声をあげてグランドに出て万歳三唱(ばんざい さんしょう)をしました。しかし淳之介少年は一人教室に残っていました。彼は当時の軍国主義に対して反発していたのです。あの時代に反軍国主義の精神を堅持するだけでもたいへんなことだったことを考えますと、一見、軟派(なんぱ)な文学者のように見える吉行淳之介ですが、意外に骨太な反骨精神があったことがわかります。
 後になって吉行淳之介は当時を振り返りながら、こう語っています。「そのときの孤独の気持を私はどうしても忘れることができない。/(改行)戦後十年経っても、そのときの気持は私の心の底に堅い芯を残して、消えない」(「戦中少数派の発言」)
 その吉行淳之介が親しみを感じていたのが、同じく岡山出身の文学者の内田百閒(うちだ ひゃっけん)です。内田百閒は、1942(昭和17)年に陸軍の肝いりで作られた日本文学報国会に入会することを最後まで拒み続けた文学者でした。日本文学報国会というのは、文学者に戦争協力させるために作られた団体で、ほとんどすべてと言っていいくらいに、たいへん多くの文学者が入会しました。それは、入会しなければ軍部に睨(にら)まれて執筆機会が与えられなくなることもあったからでした。そうした中で、あくまで内田百閒は入会しなかったのです。吉行淳之介と同じように内田百閒は、反軍国主義の筋を通したわけです。
 なお、内田百閒は、戦後になって日本芸術院への入会を推薦(すいせん)されましたが、これも断っています。そのときの理由が、「いやだから、いやだ」というもので、この言葉は当時の新聞に大きく出たようです。日本芸術院の会員になるということは、文学者でも、また画家や音楽家であっても、芸術家としては名誉だとされているわけですが、内田百閒はそういう権威主義的なものが厭(いや)だったのです。
 その他にも、たとえば大正ロマンの代表者の一人のように言われる、岡山出身で詩人そして画家の竹久夢二がいますが、彼も反骨精神の人だったと言えます。彼は若いときには、でっちあげ事件であった、あの大逆事件で処刑された、日本の初期社会主義者である幸徳秋水たちが作っていた平民社に出入りしていました。竹久夢二の描く美人画のヒロインたちは、寂しそうで薄幸なイメージがありますが、竹久夢二は弱い人、薄幸な人に同情を心からの同情を寄せる人でした。そのことの奥には当時の社会体制のあり方に対する竹久夢二の反骨があったと言えます。
 また、ニヒルな剣豪〈眠狂四郎〉(ねむり きょうしろう)シリーズで一躍、人気時代小説家となった、岡山出身の柴田錬三郎も反骨の人です。彼は軍隊経験のある人でしたが、彼は旧日本軍の空疎(くうそ)で欺瞞(ぎまん)的な精神主義に強烈な嫌悪感を持っていた人でした。兵隊時代には、そのことがどうしても思わず態度に出てしまうために、上官に暴力的な制裁(せいさい)を受けたりして、苦労したようです。〈眠狂四郎〉には、その反軍国主義がそのまま出ているわけではありませんが、空疎な精神主義に対する嫌悪を読み取ることができます。
 このように、岡山出身の文学者には、政治思想などには関心を持たずノンポリティカル(非政治的)ではあるものの、安易に時勢に迎合(げいごう)しない、一本筋の通った反骨に系譜があるように思われます。本学科の授業で、反骨の文学者たちの作品を読んでみませんか。              

 画像の無断転載を禁じます。

 【著者紹介】
 東城 敏毅(とうじょう としき)
 古典文学(上代)担当 古代和歌、特に『万葉集』について、研究を進めています。

 

  海外の国際学会で活躍する日本語日本文学専攻の大学院生

 文学研究科日本語日本文学専攻には二人の大学院生、博士前期課程に大岡愛梨沙さん、博士後期課程に轟原麻美さんが在籍している。大岡さんは村上春樹をテーマに修士論文を、轟原さんは、司馬遼太郎をテーマに博士論文を目指し、毎日研究に勤しんでいる。彼女ら二人は今年度、ともに海外の国際学会で研究発表を行った。本エッセイでは、二人の学会発表についてと、その様子を報告しておきたい。

 大岡愛梨沙さんは、5月26日・27日に台湾の淡江大学にて開催された「村上春樹国際シンポジウム」に参加し、「『海辺のカフカ』における「暴力」と「癒し」」と題して学会発表を行った。この淡江大学には、アジアにおける村上春樹研究の拠点である村上春樹研究センターが設置されている。

 
 大岡さんは、『海辺のカフカ』を丁寧に詳細に分析し、従来、主にエディプス・コンプレックスと戦争から論じられてきた本作を、作品に即して、「暴力」と「癒し」という二つのキーワードを用いながら、本作に込められた主題を分析した。そして、作品内で触れられる、フランツ・カフカの『流刑地にて』、夏目漱石の『坑夫』、そして、プラトンの『饗宴』と本作との関係を分析し、これらの作品が本作と密接に「共鳴」していることを立証したのである。淡江大学の落合由治先生や、東呉大学の頼錦雀先生等からの鋭い質問に、臆することなく、端的に核心を突きながら応答していた。木下華子准教授と私が引率し、かつ博士後期課程の轟原さんも台湾まで応援に駆けつけた。

           淡江大学での学会発表:大岡愛梨沙さん(撮影:東城敏毅)

台湾のハルキストが集まるカフェ(撮影:大岡愛梨沙)

『ねじまき鳥クロニクル』の主人公の食べていたサンドイッチをイメージ
 轟原麻美さんは、8月12~15日に中国の内モンゴル自治区のフフホトにある内蒙古大学にて実施された「中国日本文学研究会全国大会及び国際シンポジウム」に参加し、「司馬遼太郎「兜率天の巡礼」における幻想」と題して学会発表を行った。
 轟原さんは、従来あまり研究されていなかった司馬遼太郎の初期作品「兜率天の巡礼」を、景教と古代日本との関係性や、作品に織り込まれた執筆当時の社会背景をもとに考察した。そこから司馬初期独自の幻想小説と見られてきた本作は、十分に社会性を備えたものであり、後に歴史小説家として評価されることになる司馬の特質が見出せることを解き明かした。会場からも多くの本質的な質問が出され、それに堂々と端的に答えており、海外の研究者にも興味のある有意義な発表となった。本学会には木下華子准教授が引率し、轟原さんの学会発表を支援した。

 内モンゴルの草原(撮影:木下華子)

 学会会場にて発表中の轟原麻美さん(撮影:木下華子) 

 
 現在、日本文学の研究も、国際的・学際的になってきており、もはや日本だけに留まっている時代ではない。大岡・轟原、二人の院生は、それを敏感に感じ取り、海外に飛び出して行った。そして、海外の研究者と互角に渡り合い、そして交流を深めてきた。本学科に彼女らのような大学院生がいることは、非常に心強いことであり、また、これから入学してくる大学院生にも、新たな指針を示してくれた。二人の新たなチャレンジに心からの拍手を送ると同時に、二人の研究の、これからの発展を心より祈念したい。

 画像の無断転載を禁じます。

2018年中古文学会秋季大会を本学にて開催します(※この催しは終了しました)

※ お陰をもちまして、この催しは盛況の内に終了することができました。
  ご参加頂いた皆さまに、厚く御礼申し上げます。

 

中古文学会の秋季大会が、本学にて開催されます。
下記の通り、全国からこの分野を専門とする研究者が集ってシンポジウムと研究発表会が催されますどなたでも参加頂けます(聴講無料)
また、本学特殊文庫の資料展観を行うと同時に、林原美術館の連携展示も行われます。
多くの内外の皆さまのお越しをお待ちしております。

 

 2018年中古文学会秋季大会ポスター  

 

■中古文学会公式サイトはこちら

■会場校からのご案内

2018年度中古文学会秋季大会につきまして、会場校よりご案内を申し上げます。
本年7月の西日本豪雨に際しましては、会員の皆さまをはじめ、多くの方々からのご心配・ご支援をいただきました。
被災地ではなお困難な状況が続いていますが、幸いなことに、本学のある岡山市など直接の影響を免れた地域は無事でございます。
今回の災害による観光産業への打撃もすでに報道されている折ですので、多くの皆さまに大会にご参加をいただき、お時間が許す方は近隣の倉敷美観地区などへも足を伸ばしていただければ、幸甚に存じます。
一人でも多くの方々の御来岡を、会場校一同、心よりお待ち申し上げております。

2018年度中古文学会秋季大会会場校
ノートルダム清心女子大学担当者一同

■会場

岡山県岡山市北区伊福町2-16-9
ノートルダム清心女子大学 カリタスホール

■期日

10月20日(土)10時~17時45分(受付14時から)
 林原美術館特別展(中古文学会協賛)
 中古文学会賞授賞式/シンポジウム 

10月21日(日)10時~17時(受付9時30分から)
 研究発表会/委員会/臨時総会

 

■プログラム10月20日(土)

□林原美術館特別展(中古文学会協賛)

「王朝文学への憧れ―歌・物語に染まる、もののあはれ―」展観 10:00~

□ノートルダム清心女子大学附属図書館特殊文庫資料展観(中央棟7階特殊文庫閲覧室) 10:00~17:30

□受付開始 14:00~(以下、於ノートルダム清心女子大学カリタスホール)

□開会の辞 14:45~
 ノートルダム清心女子大学 副学長 小嶋博巳

□第11回中古文学会賞授賞式 14:55~15:15

□シンポジウム《古典をいかに「発信」するか―文学・文化・文化財―》15:15~17:45

趣意説明
 日本大学 久保木秀夫

パネリスト紹介・司会
 広島大学 妹尾 好信

〈報告1〉文化財の研究と発信
 就実大学 浅利尚民

〈報告2〉書誌学的視点の可能性
 天理大学附属天理図書館 岡嶌偉久子

〈報告3〉和歌を「近づける」ための授業実践
 京都女子大学 小山順子

......休憩(16:35~16:5520分)......

討議16:55~17:45
 司会 広島大学 妹尾好信

  

■プログラム10月21日(日)
  ノートルダム清心女子大学カリタスホール

□受付開始 09:30~

□ノートルダム清心女子大学附属図書館特殊文庫資料展観(中央棟7階特殊文庫閲覧室) 10:00~15:30

□研究発表会・午前の部 10:00~12:00

『源氏物語』若菜下巻住吉詣における和歌
―光源氏への返歌と独詠歌の詠者をめぐって―
 大阪大学[院] 小林理正

柱に歌を書きつく薫
 國學院大學[院] 髙倉明樹子

イニシヘ/ムカシの使い分けは上代から中古へどう継承されたか
―『古今集』『後撰集』『伊勢物語』『竹取物語』『土佐日記』を例に―
 愛知教育大学 田口尚幸

......休憩・昼食(12:00~13:1070分)......
【昼食会場】ヨゼフホール1階ラウンジ
【委員会】中央棟8階第一会議室

 

□研究発表会・午後の部 13:10~16:10

「花散里」という呼称
―人物造型の方法としての呼称―
 東京女子大学[特任研究員]鵜飼祐江

浮舟物語と『伊勢物語』の川
 学習院大学[院]竹田由花子

......休憩(14:30~14:5020分)......

藤壺物語語りの構造
 國學院大學 大津直子

『狭衣物語』異本系本文からの一考察
―巻二前半、狭衣・女二宮関連の独自異文より―
 東京女子大学 今井久代

□臨時総会 16:20~16:50

□閉会の辞 16:50~17:00 中古文学会代表委員 松岡智之

 

 【第179回】 2018年9月1日

 【著者紹介】
 伊木 洋(いぎ ひろし)
 国語科教育担当
 国語科教育の実践理論を研究しています。

 

大村はま国語教室の実践と思想の継承-「大村はま記念国語教育の会」研究大会-


 大村はま先生が帰天なさった平成17年、「大村はま記念国語教育の会」は、大村はま先生の実践と思想をたしかに受け止め、次代へと継ぐことを願って歩み始めた。平成17年、第1回研究大会の横浜大会に始まり、大村はま先生ゆかりの地を中心に全国各地で開催されてきた。第2回以降は、山形、諏訪、目黒、鳴門、埼玉、福岡、千葉、鳥取、秋田、横浜、岩手、尼崎と続き、平成29年に開催された第14回研究大会東京大会は、大村はま先生が多くの単元を実践なさった大田区立石川台中学校が会場校となっている。研究大会では、大村はま国語教室の理念を継承すべく、実践研究発表、研究発表、講演の他、教え子の方々による証言など豊かなプログラムが用意されている。会報「はまかぜ」の記録をもとに、「大 村はま記念国語教育の会」研究大会のうち、第5回、第9回、第12回研究大会を紹介する。

  
 第5回研究大会鳴門大会は、平成21年8月19日に、大村はま先生の貴重な実践資料や学習記録が寄贈された大村はま文庫が開設されている鳴門教育大学で開催された。佐藤浩美氏の実践研究発表に続き、伊木も「学びひたり教えひたる優劣のかなたを目指して-学校図書館と学習者を結ぶ学習指導の実際-」と題して、実践研究発表を行う貴重な機会をいただいた。実践研究発表では、大村はま先生の詩の単元に学んで構想し実践した「単元 一句との出会い 心ひかれる季節のことば」をとりあげた。山元隆春氏の研究発表「学習のてびきの一源流-E・A・クロス編『文学 アンソロジーシリーズ』を中心に」、余郷裕次氏の研究発表「大村はま文庫の絵本」、苅谷夏子事務局長の講話「大村はま先生に学んだこと」、苅谷剛彦氏による講演「これから教師に期待されること-教育改革と職業としての教育-」、野地潤家氏の講演「源泉としての大村はま国語教室に学ぶ」、倉澤栄吉会長による講演「国語教育の現在と今後-大村はまがのこしたもの-」が行われた。大村はま文庫も公開され、橋本暢夫氏による解説の後、参加者は実践資料や学習記録を次々と手にとり、大村国語教室に思いをはせた。
 第9回研究大会鳥取大会は、浜本純逸氏を実行委員長として、平成25年10月12日、鳥取市遷喬小学校で開催された。午前は、河野智文氏の研究発表「経験主義国語教育の論点と大村はま先生-教育観の拡張を中心に-」、苅谷夏子事務局長の研究発表「大村はまの『てびき』の諸相」、竹田潤氏、河村英樹氏、草野十四朗氏の実践研究発表、研究協議の指導助言者は、難波博孝氏、坂口京子氏、田中宏幸氏であった。午後は、湊吉正会長による展望に始まり、シンポジウム、対談、講演が行われた。シンポジウム「自ら考え表現する学び手を育てる国語教育」の登壇者は、東和男氏、甲斐利恵子氏、遠藤瑛子氏、平松はるみ氏、小原俊氏であった。伊木はこのシンポジウムの司会を担当させていただいた。登壇者お一人お一人の豊かな識見や豊富な実践に裏打ちされたお話は広がりのあるものとなった。浜本純逸氏と中島諒人氏の対談「ことば・演劇・教育」の後、鹿内信善氏の講演「読書と作文の町づくり」が行われた。  
 第12回研究大会は、平成27年8月2日、岩手県盛岡市アイーナ・ホールで開催された。藤井知弘氏の基調講演「これから求められる国語学力」、甲斐利恵子氏による授業提案「中学校一年生『語り継ぐ人』その一 友達編」、糸坪伸宏氏、長根いずみ氏、の実践研究発表、菊池とく氏と苅谷夏子事務局長の対談、望月善次氏の司会、桑原隆氏、甲斐雄一郎氏、西川さやか氏によるシンポジウム「単元学習と国語学力」、苅谷剛彦氏による講演「グローバル化の時代と大村はま-オックスフォードから考える『学ぶ』ということ」、湊吉正会長による展望が行われた。
 甲斐利恵子氏の授業提案について、伊木は、「体験記録を書く-単元 平成12年鳥取県西部地震を風化させないために-」(注1)を実践したことを思い起こしつつ、「語り継ぐこと」の重みを改めて実感し、「はまかぜ第31号」に、次のように記した。

「『何かできごとがあったとき、他人ごとではなく、自分のこととして語り継ぐことが できる人になってほしい』という願いに基づいて構想された単元であった。東日本大震災にみまわれた東北の地に生きる学習者にとって、「他人ごとではなく、自分のこととして語り継ぐ力」は、決して震災を風化させることなく、未来に向かって歩みを進めるほんとうの生きる力になると思われた。」

 第15回研究大会(注2)は、平成30年10月20日、大村はま研究ゆかりの地、広島で開催されることになっている。大会テーマは「一人ひとりをいかす国語教室を求めて」、大村はま先生の実践と思想が確かに語り継がれ、受け継がれていく。多くの方々の参加を期待したい。

追記
 平成30年7月の豪雨は、まさに他人ごとではなく、西日本に甚大な被害を与えた。岡山でも多くの貴重な命が失われ、多くの方々が被災なさった。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りしたい。

注1 「体験記録を書く-単元 平成12年鳥取県西部地震を風化させないために-」の詳細は、伊木 洋(2018)『中学校国語科学習指導の創造』溪水社 pp.173-201、に報告している。
注2 第15回研究大会(広島大会)に関しては、大村はま記念国語教育の会HP参照。
  
参考資料
大村はま記念国語教育の会 2015『会報 はまかぜ 第28号』
大村はま記念国語教育の会 2016『会報 はまかぜ 第31号』
伊木 洋 2018『中学校国語科学習指導の創造』溪水社

画像の無断転載を禁じます。

日本語日本文学科 リレーエッセイ

 【第178回】 2018年8月1日

 【著者紹介】
 尾崎 喜光(おざき よしみつ)
 日本語学担当

 現代日本語の話し言葉の多様性に関する社会言語学的研究。日本語の男女差、年齢差(加齢変化)、地域差(方言)、方言と共通語の使い分け、敬語行動、現在進行中の言語変化、韓国語との対照言語行動研究など。研究テーマも多様。


  「言(い)わん」とは言(ゆ)わん?

 

  若者たちの発音
 本学で教員をする以前は、東京都立川市にある国立国語研究所というところで長年研究員をしていました。大学の教員になってよかったと思うことの一つに、若い人たちの会話が毎日のように観察できるということがあります。
 一昨年のことでしたが、教室である学生が別の学生に話をしているのを横で聞いていると、「そうは言わない」を「そうはゆわん」と言っていることに気づきました。文の最後を「いわん」ではなく「ゆわん」と発音していることに私は反応したのです。
 私は長野県東部の出身なので「言わん」とは言わずに「言わない」としか言わないのですが(ややこしいですね)、西日本では「言わん」と言うということは知識として知っていました。しかしその発音は「いわん」だとばっかり思っていたところ「ゆわん」と発音したためびっくりしたのです。そういえば共通語でも「言わない」を「ゆわない」と発音している人もいるようです。そこで調査してみました。
 人気テレビドラマ『相棒』の主人公・杉下右京さんの口癖に「細かいところが気になるのが僕の悪い癖」というのがありますが、私も同じです。

  『渡る世間は鬼ばかり』のセリフを分析してみると...
 話し言葉でどれくらいの割合で「ゆ」と発音されているかについて、横浜市にある「放送ライブラリー」(写真)に行き、テレビドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の出演者(役者)の発音を聞き取って分析してみました。このドラマを選んだのは、たくさんの登場人物(役者)がたくさんの言葉をしゃべる作品であるためデータが多数得られやすいことと、長期にわたり放送されたドラマであることからその間の時代変化や役者の個人内での変化の有無もとらえられるのではないかと見込んだためです。

 放送ライブラリー

 1990年から2008年までに放送された番組のうち6番組(約8時間分)を調査しました。ドラマには、たとえば「そうゆうことじゃないの。」のような、もはや<発話する>という意味を持たない形式化した「言う」も頻繁に出てきますが、そうしたものも分析対象としました。データ総数は618件、分析対象となる役者の総数は48人でした。
 データを分析したところ、活用語尾の発音がどうであるかにより傾向が大きく異なることがわかりました。
 「言いたくないわよー」とか「言います」のように活用語尾が「い」となるときは、直前の「言」はすべて「い」です。
 逆に、「あたしが言う」とか「この人の言うとおりですよ」のように活用語尾が「う」となるときは、直前の「言」はすべて「ゆ」です。ひらがなで書けば「いう」ですが、実際の発音は完全に「ゆう」であるということです。これも本来は「いう」という発音だったのですが、これが「ゆう」に変化したのは、活用語尾が「う」であるため直前の母音も「い」ではなく「う」でそろえる方が発音が楽だからです。しかし、本来の「い」の痕跡も残すために、ア行の「う」(つまり「うう」)ではなくヤ行の「ゆ」(つまり「ゆう」)としたわけです(「ゆ」の出だしに「い」に近い発音が瞬間的に現われます)。

  発音が「い」と「ゆ」で揺れるケース
 これに対し本来の「い」と新しい「ゆ」で揺れるのはそれ以外のときです。分析すると、次に並べた後者ほど「ゆ」で発音されやすいことがわかりました。「言い」と「言う」も含めて記します。カッコ内の数値は「ゆ」と発音された割合です。なお「言お」はたまたまこの6番組には現われませんでした。

   言い(0.0%) < 言え(4.8%) < 言っ(19.6%)< 言わ(58.8%) < 言う(100.0%)

 この序列は、おそらく、「い」から「ゆ」への変化の順序とも対応していると思われます。つまり、右側ほど早く「ゆ」に変化したということです。

  個人の中でも変化が進んでいる?
 発音がおおいに分かれる「言わ」について、役者の生年別に分析すると、1940~50年代生まれ以降の役者では「ゆ」が優勢になるようです。
 また、この「言わ」については、次のように個人の中でも「い」から「ゆ」への変化傾向が見られるようです。これはとても興味深い現象です。
  ・長山藍子(野田弥生役):50代(い3件、ゆ0件)→ 60代(い0件、ゆ2件)
  ・泉ピン子(小島五月役):50代(い4件、ゆ4件)→ 60代(い0件、ゆ3件)
  ・藤田朋子(本間長子役):30代(い3件、ゆ0件)→ 40代(い0件、ゆ3件)

  岡山市でアンケート調査してみると...
 このような調査をするきっかけとなった岡山市でもアンケート調査をしてみました。
 「言わない」の「言」をどう発音するかについて、関連する表現とあわせ、回答者の内省により調査をしました。調査の実施は2016年~17年、回答者は若年層(本学の女子大学生)87人と高年層(60~70代の男性が中心)34人です。
 結果は次のグラフのとおりでした。なお、回答者には、グラフに示した表現すべてについて、自分で使うことがあるものに◯を付けてもらいました。

 アンケート調査(岡山市)

 このうち「いわん」と「ゆわん」に注目して見てみましょう。
 じつは「いわん」も「ゆわん」も、使用すると回答した人の割合は高年層よりも若年層に多くなっています。しかし、「いわん」は若年層で1.4倍になるにとどまるのに対し、「ゆわん」は2.1倍にもなっています。「ゆ」の発音が現在岡山市でも急速に拡大していることが伺えます。もしかしたら将来は、「『言(い)わん』とは言(ゆ)わん」と言う人が増えてくるかもしれませんね。

【参考文献】
尾崎喜光(2017)「「言う」の発音に関する研究」『清心語文』第19号

 

画像の無断転載を禁じます。