ノートルダム清心女子大学

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清心の歴史 - 清心の歩みと伝統を紹介

清心のひと

ノートルダム清心女子大学の長い歴史の中で清心の礎となった人々を紹介します。

聖ジュリー・ビリアート
St.Julie Billiart,1751-1816

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聖ジュリー・ビリアート

聖ジュリー・ビリアートはノートルダム清心女子大学の設立母体になるナミュール・ノートルダム修道女会の創立者です。1751年フランスのクビリー村に生まれ、フランス革命後の混乱の中にあって、子女教育の重要性に鑑み、1804年に教育修道会を創立しました。私たちは愛をこめてマザー・ジュリーと呼んでいます。
マザー・ジュリーはフランス革命期に人の心も世の中も荒廃した中にあって、教育を通して、生活に必要な知識や技術を教えると共に、それ以上に私たち一人ひとりに、「あなたは、あなたのすべてをご存じの神様に無条件に愛されているかけがえのない大切な存在なのですよ。だから、今のままの自分自身であっていいのです」という温かいメッセージを伝えた人でした。1969年6月22日にローマで列聖されました。

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最初に来日した6名のシスターたち

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最初に来日した6名のシスターたち

ノートルダム清心学園の前身である清心高等女学校の経営を、「幼きイエズス会」より引き継ぐために、最初に来日したのは、ナミュール・ノートルダム修道女会アメリカ合衆国ウォルサム管区(マサチューセッツ州)の6名のシスターたちでした。この6名の中には後に本学2代学長となるシスター・エーメー・ジュリーも含まれていました。(左からシスター・アグネス・セント・ジョン、シスター・エーメー・ジュリー、シスター・マリー・クレア、シスター・マリ・レイモンド、シスター・フランシス・ヘレナ、シスター・メリー・ルッシラ)

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初代学長シスター・メリー・コスカ
Sr. Mary Kostka Kemper,  -1961

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初代学長シスター・メリー・コスカ

シスター・メリー・コスカはノートルダム清心女子大学の初代学長(1949-1956)です。アメリカ合衆国ワシントンD.C.のトリニティー大学で教鞭をとった後、1930(昭和5)年に清心高等女学校の第2代校長として来岡しました。本学の前身である岡山清心女子専門学校、さらに新制大学としての4年制大学の創立を成し遂げました。その後も、ひたすら日本女性の教育のためにシスターとして聖職にいそしみつつ、学園の発展と充実のために一生を捧げ、1961(昭和36)年4月26日に帰天しました。この4月26日は、毎年、シスター・メリー・コスカの帰天を記念した追悼ミサが行われ、大学の礎となった方に感謝する日となっています。

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第2代学長シスター・エーメー・ジュリー
Sr. Aimee Julie Koppenhafer,  -1963

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第2代学長シスター・エーメー・ジュリー

シスター・エーメー・ジュリーはノートルダム清心女子大学の第2代学長(1956-1963)です。1924(大正13)年に、清心高等女学校の経営を「幼きイエズス会」より引き継ぐために最初に来日した6名のシスターのうちの一人でした。初代英文学科長をつとめ、1956年から第2代学長に就任しました。学長在職中の1963年に帰天するまで、初代学長シスター・メリー・コスカとともに大学草創期の教育活動に尽力し、本学の礎を築きました。著書に ”With Dedecated Hearts” があります。

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1949年大学創立当時の教職員

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1949年大学創立当時の教職員

写真の裏には、“Silver Jubilee Picture”「シスター来日25周年」と書かれています。ノートルダム清心女子大学は、今から60年前の1949年に中四国初の4年制女子大学の一つとして開学しました。この年は本学の設立母体であるナミュール・ノートルダム修道女会の来日25周年にあたり、4月以降、お祝いの行事が続きました。写真はそのお祝いの期間に撮影されたものと考えられます。初代学長シスター・メリー・コスカ(最前列左から7番目)をはじめ、大学設立に尽力したシスターや教職員が写っています。

アカデミック・ドレス(あかでみっく・どれす)

ノートルダム清心女子大学の卒業関連行事であるキャップ・アンド・ガウン授与式フッド授与式卒業証書・学位記授与式において、4年生が着用する衣服(キャップガウンフッド)のことを一揃いでアカデミック・ドレスと称しています。この式服は中世ヨーロッパの学者の服装に端を発しており、学士候補生としての品位を象徴しています。(参考:「アカデミック・ドレスと卒業行事」元本学教授橋内武,1983年12月 右図転載)

アントニン・レーモンド(あんとにん・れーもんど)

ノートルダムホール本館東棟を設計した建築家。 現在のチェコ共和国に生まれました。アメリカに渡り、日本の帝国ホテルなどを設計したフランク・ ロイド・ライトの助手として来日。日本のモダニズム建築に大きく影響を与えました。
日本における代表作には、東京女子大学、群馬音楽センター、イタリー大使館日光別邸などがあります。

オラトリー(おらとりー)

ノートルダムホール中央棟の最上部に設けられた聖なる雰囲気に満ちた礼拝堂です。毎週のミサや学生と教員による祈りの集いが行われます。

アカデミック・ドレス ②ガウン(あかでみっく・どれす ②がうん)

ノートルダム清心女子大学の卒業関連行事で4年生が着用する黒のガウンのことです。バチュラーズ・ガウンともよばれます。
ガウンについては「アカデミック・ドレスと卒業行事」(元本学教授橋内武著,1983年12月)の中で次のように説明されています。「黒のアカデミック・ガウンで、ウーステッドまたはそれに類する布地製、前が開かれ、幅広のボックス・プリーツが二本へり(ヘム)までとられている。ゆったりと垂れた袖の端はとがっており、うしろ身頃と袖は角型のヨークにつけられてカートリッジ・プリーツをつくる」。

学章(がくしょう)

本学の学章です。
入学式当日、学章をかたどったバッジが新入生全員に配付されます。

学生は、本学の式典やミサに出席する際に、このバッジをクラスフラワーとともに身に付けます。

学旗(がっき)

本学の学旗です。
中央には本学の紋章が配置されています。
入学式や卒業証書・学位記授与式などの式典で壇上に掲げられます。

カリタスホール(かりたすほーる)

1984年5月に、創立35周年記念として東門正面に完成しました。カリタスホールは1階がラウンジ兼食堂、2階は放送設備なども完備した階段状教室(カリタス200)で約460人を収容できます。カリタスホール入り口正面にはマリア像が佇み、その傍らには、「愛のあるところ、神まします」という意味のラテン語<UBI CARITAS IBI DEUS>と刻まれた美しい大理石のプレートが掲げられ、カリタス(=愛)ホールと名付けられたゆえんが示されています。

記念館(きねんかん)

1959年に大学創立10周年、ナミュール・ノートルダム修道女会渡日35周年を記念して落成された体育館です。2階には音楽室が設けられています。

アカデミック・ドレス ①キャップ(あかでみっく・どれす ①きゃっぷ)
学士候補生 学士

ノートルダム清心女子大学の卒業関連行事で4年生が着用する黒の角帽のことです。
「アカデミック・ドレスと卒業行事」(元本学教授橋内武,1983年12月)では次のように説明されています。「正式にはモーターボード(motarboard)と称される。布をかぶせた大きく四角で平らな板がスカルキャップの上につけられたもの。前とうしろに角が向くようになっており、てっぺんから下げた房飾り(tassel)が脇に下げられる」。
房飾りの位置には意味があります。房飾りを左手前方に垂らすと学士候補生を、右手前方に垂らすと学士を意味します。

キャップ・アンド・ガウン授与式(きゃっぷ・あんど・がうんじゅよしき)

卒業関連行事の最初の式がキャップ・アンド・ガウン授与式です。キャップ・アンド・ガウン授与式とは、翌年3月の卒業の際に学位記授与を予定されている4年生が、学士候補生としてアカデミック・ドレスキャップガウンを授与される式典で、毎年、本学の設立母体であるナミュール・ノートルダム修道女会の創立者聖ジュリー・ビリアートの祝日にあたる5月13日前後の土曜日に行われます。これは、4年生が学士候補生となったことを公に宣言し、これまでの3年間を振り返り、最高学年として自覚と責任のもとに、卒業に向けた新たな努力を誓うものです。1952年に本学初の学士候補生となった第1期生から始まり、現在まで受け継がれている本学の伝統行事の一つです。

クラスソング/クラスカラー(くらすそんぐ/くらすからー)

本学では学年ごとに定められたクラスフラワーに対応したクラスソングとクラスカラーが定められています。

>>再生は音符をクリックしてください。(WindowsMediaPlayer対応)

バラ = ばら色
バラのクラスソング
WMP(3MB) 楽譜(113KB)
藤 = ラベンダー色
藤のクラスソング
WMP(3MB) 楽譜(36KB)
菊 = 琥珀色
菊のクラスソング
WMP (5.6MB) 楽譜(66KB)
松 = 緑色
松のクラスソング
WMP (6MB) 楽譜(65KB)

◎楽譜データ制作:児童学科音楽研究室4年生(2010年度)
◎動画制作:英語英文、日本語日本文、食品栄養学科4年生(2011年度)

クラスフラワー




▲上からバラ・藤・菊・松のコサージュ

ノートルダム清心女子大学では各学年ごとにクラスカラーとクラスフラワーが定められています。新入生のクラスは、先に卒業したクラスカラーとクラスフラワーを受け継ぐことになっています。バラのクラスはバラ色、藤のクラスはラベンダー色、菊のクラスは琥珀色、松のクラスは緑色です。

入学式をはじめ、行事の際に、学生はそれぞれの学年のクラスフラワーを胸に着けて参加します。

それぞれのクラスフラワーには次のような意味が込められています。

バラ…東光のごとく明るく、バラのごとく芳しき愛徳をもって

藤 …ラベンダーのごとく高尚に、藤のごとく謙虚に思慮深く誠をもって

菊 …琥珀のごとく奥ゆかしく、菊花のごとく気品高く風格高き美徳をもって

松 …松の緑のごとく希望にあふれて、松のごとく撓まざる剛毅と叡智をもって

クラスフラワーの由来は、アメリカ合衆国の姉妹校から来ています。アメリカの大学ではクラスを色で分けていましたが、開学当時のシスターたちが、日本の風土にあわせて、それぞれの色に花を当てました。

黒川文庫(くろかわぶんこ)

黒川文庫は、江戸末期の国学者であった黒川春村・その養子真頼・孫真道が三代にわたって家学を伝えた黒川家の蔵書のうち、「和歌」関係を中心とした約3,000冊の書籍で構成されており、中でも『光源氏物語抄』(いわゆる『異本紫明抄』)』と『草根集』は国文学研究における貴重な資料として知られています。
黒川文庫購入にあたっては、2代学長シスター・エーメー・ジュリーの姉ご夫妻がアメリカでダンスパーティーを開いて資金の不足を補い、購入資金が届くまで、正宗敦夫教授が神田の本屋一誠堂に泊り込んで、他に購入されるのを防いだというエピソードが残っています。このような関係者の努力の甲斐あって、黒川本の主要部分である和歌関係が本学所蔵となりました。
附属図書館に設置されています。

サンタ・ユリア導き給え(さんた・ゆりあみちびきたまえ)

入学式をはじめ式典で歌われる聖歌です。「サンタ・ユリア」とはラテン語で「聖ジュリー」を意味します。「ああサンタ・ユリア導き給え よき神をこそ 知りまつらなん」という歌詞にあるように、本学の設立母体であるナミュール・ノートルダム修道会創立者聖ジュリー・ビリアートが常に口にしていた「よき神ぞよけれ」という信条が込められています。

サンタ・ユリア導き給え 再生は音符をクリック >> MP3(3.2MB)
ジュリーホール=Julie Hall(じゅりーほーる)

1969年12月、大学創立20周年を記念して建築されました。学部の充実、学生数の増加、専任教員の増員等により、教員の研究活動を一層盛んにするとともに、学生の読書指導や、グループ研究をたかめるために建てられました。当初は「中央研究室館」という名称でした。現在、1階にはラウンジ形式のホールが、2階以上は講義室や教員の研究室に当てられています。テラスや中庭は学生や教員たちの憩いの場としても親しまれています。

卒業証書・学位記授与式(そつぎょうしょうしょ・がくいきじゅよしき)

卒業証書・学位記授与式は、フッド授与式で学士の学位を得た学生を社会に送り出す式典です。学生は完成されたアカデミック・ドレスを着用して式に臨み、学長から一人ひとりに卒業証書及び学位記が手渡されます。これは一人ひとりの人格を重んじるという本学の教育理念を反映したものです。 学生は、学長からの「いってらっしゃい」の言葉とともに、本学の教育を身につけた一人格として社会に貢献することを期待され、社会に送り出されます。学生の入退場行進は、メンデルスゾーン作曲の「プリーストマーチ」のピアノ演奏にあわせて厳かに行われます。

卒業関連行事(そつぎょうかんれんぎょうじ)

ノートルダム清心女子大学には大学創立初期から続く伝統行事があります。中でも4年生の5月に行われるキャップ・アンド・ガウン授与式、その翌年3月に行われるフッド授与式卒業証書・学位記授与式などを卒業関連行事とよんでいます。

創立記念日(12/8)(そうりつきねんび)

本学初代学長シスター・メリー・コスカの修道名の祝日であったと同時に、大学名(ノートルダムNoter Dame=聖母マリア、清心=清き心)に関係のある”無原罪のマリア”の祝日である12月8日を創立記念日としています。

大学歌(だいがくか)

入学式をはじめ、大学の行事や式典で歌われます。第1回入学式に初めて歌われ、今も学生たちに歌い継がれています。作詞はシスターズ・オブ・ノートルダム。大学創立当初に在職していたシスターたちが、国文学科(現日本語日本文学科)で教えていた澤潟久孝教授の協力のもとに作詞しました。 学生がどうあるべきか、大学の教育理念をわかりやすく示され、女性としての生き方の範を示すような思いが綴られています。
大学創立期は新制大学を創設するために、シスターや教職員が全員で協力して、よい大学にしようという熱気であふれていました。そのようななかにあって、シスターたちは勇壮で、士気を高め、意気を高揚させるような曲を探し、その曲に歌詞をのせました。

大学歌 再生は音符をクリック >> MP3(2.3MB)
ノートルダムホール中央棟(のーとるだむほーるちゅうおうとう)

1995(平成7)年5月26日竣工した現代的な建物。学園の法人事務局をはじめ、キリスト教文化研究所などの研究所、会議室、講義室が入る地上12階の総合施設。最上階にはオラトリー(小礼拝堂)、塔屋にはカリオン(組鐘)を配しています。1階にはピロティ(吹き抜け)として、隣接する建物が取り囲むように作られたパティオ(中庭)とつなぎ、そこには水鏡(みずかがみ)と呼ばれる円形の池もあります。ノートルダムホール中央棟は、昭和初期に建てられたノートルダムホール本館東棟とともに本学の新しいシンボルとなっています。

アカデミック・ドレス ④チュール(あかでみっく・どれす ④ちゅーる)

アカデミック・ドレスガウンの上の首回りの部分に着用する白いメッシュの幅広のえり飾りのこと。

追悼ミサ(ついとうみさ)

ノートルダム清心女子大学の初代学長シスター・メリー・コスカの帰天の日を記念したミサです。毎年4月26日に新入生全員が出席して捧げられていました。
初代学長シスター・メリー・コスカが帰天した1961年の翌年1962年から「シスター・メリー・コスカの記念ミサ」として始まり、1965年から「追悼ミサ」という名称になり、現在まで続いています。
2010年度からは毎年11月に執り行われていた「学園関係物故者追悼ミサ」と合わせて行われるようになりました。

登録有形文化財(とうろくゆうけいぶんかざい)

平成8年10月1日に施行された文化財保護法の一部を改正する法律によって、保存及び活用についての措置が特に必要とされる文化財建造物を、文部科学大臣が文化財登録原簿に登録する「文化財登録制度」が導入されました。
この登録制度は、近年の国土開発や都市計画の進展、生活様式の変化等により、社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたものです。届出制と指導・助言等を基本とする緩やかな保護措置を講じるもので、従来の指定制度(重要なものを厳選し、許可制等の強い規制と手厚い保護を行うもの)を補完するものです。(文化庁ホームページより)

ナミュール・ノートルダム修道女会(なみゅーる・のーとるだむしゅうどうじょかい)

ノートルダム清心女子大学は、19世紀初頭、子女教育に専念する目的をもって、フランスで創立されたカトリックの教育修道会、ナミュール・ノートルダム修道女会(Sisters of Notre Dame de Namur)を設立母体としています。
ナミュール・ノートルダム修道女会創立者マザー・ジュリーは、フランス革命後の混乱期に、みずからの病身をも顧みず、ひたすら信仰のたて直しに努力し、やがてよき協力者を得て修道会設立に至ったのです。常にマザー・ジュリーの口にのぼった「Ah! qu'il est bon le bon Dieu! よき神ぞよけれ」の信条を受けついで、現在、2000名を越える会員が、アメリカ合衆国、イタリア、英国、ベルギー、フランス、アフリカ、南アメリカ、日本で教育にたずさわっています。
日本へは1924年(大正13年)8月、北アメリカ、ウォルサム管区から6名の修道女が初めて派遣され、岡山市で清心高等女学校の経営にあたり、現在に及んでいます。本学第2代学長シスター・エーメー・ジュリーはこの第一陣6名の一人でした。

ノートルダムデー(のーとるだむでー)

ノートルダムデーは卒業式前の3月3日に行われます。本学ではこの日から卒業式までの1週間を大学で過ごした4年間を振り返る時期と位置づけ、この日を卒業式への準備を始める日としています。本学園理事長と学長による講演において、学士候補生へ本学の卒業生としての責任と自覚、自信と誇りを与える内容が伝えられるとともに、学生が中心となって聖書の集いが行われ、聖書の言葉を味わう中で、心を静かに、今までの学生生活を振り返り、学生生活において与えられた、すべての惠に感謝し、そこで学んだことをこれからの生活で活かしていくことができるように内省します。

ノートルダムホール=Notre Dame Hall(のーとるだむほーる)

現在地(岡山市北区伊福町)に初めて建築された建物です。設計者はアントニン・レーモンド。施工者は大林組です。1929年12月に現在の本館と東棟が竣工しました。この本館と東棟は2007年7月、文部科学省により登録有形文化財に登録されました。建物名のノートルダムは本学の名称であり、ノートル=私たちの、ダム=婦人で、聖母マリアを意味しています。

ノートルダムホール本館
ノートルダムホール東棟
ノートルダムホール西棟
ノートルダムホール中央棟

ノートルダムホール中央棟(のーとるだむほーるちゅうおうとう)

1995(平成7)年5月26日竣工した現代的な建物。学園の法人事務局をはじめ、キリスト教文化研究所などの研究所、会議室、講義室が入る地上12階の総合施設。最上階にはオラトリー(小礼拝堂)、塔屋にはカリオン(組鐘)を配しています。1階にはピロティ(吹き抜け)として、隣接する建物が取り囲むように作られたパティオ(中庭)とつなぎ、そこには水鏡(みずかがみ)と呼ばれる円形の池もあります。ノートルダムホール中央棟は、昭和初期に建てられたノートルダムホール本館東棟とともに本学の新しいシンボルとなっています。

ノートルダムホール西棟(のーとるだむほーるにしとう)

1978年6月にノートルダムホールの西側に竣工した建物です。

ノートルダムホール東棟(のーとるだむほーるひがしとう)

建物の中心に聖堂があります。外観とは対照的にCALL教室、OPIT教室など現代的な教室が入っています。本館と同じく建築家アントニン・レーモンド設計、大林組施工により1929(昭和4)年に建築されました。戦時下には修道院の塔から十字架を取り除くよう要請されましたが、十字架に覆いを掛けることで同意を得たということが伝えられています。2007年7月、国の登録有形文化財として登録されました。

ノートルダムホール本館(のーとるだむほーるほんかん)

大学の正面玄関が設けられている白い建物。大学の管理部門と一般教室(一部研究室)として使用されています。建築家アントニン・レーモンド設計、大林組施工により1929(昭和4)年に完成。建築当初は白亜の校舎として異彩を放ったようですが、戦時下には墨が塗られ、空襲から免れたというエピソードが残っています。2007年7月、国の登録有形文化財として登録されました。

アカデミック・ドレス ③フッド(あかでみっく・どれす ③ふっど)

卒業関連行事の一つフッド授与式で授与されるのがフッドです。アカデミック・フードとも呼ばれます。
布地の色は黒で、襟元のふちどりは専攻分野を表します。白は、教養・文学を表します。これは、本学が学芸学部2専攻を有するリベラル・アーツ・カレッジとして出発したことによります。裏側は学位記を授ける大学のスクール・カラー(本学ではcollege colorという)を表します。本学の場合はブルーとゴールドです。ブルーは聖母マリアを、ゴールドは完全な、全きこと(つまり全人教育)を象徴しています。このスクール・カラーは海外の姉妹大学でも同じです。
(参考:「アカデミック・ドレスと卒業行事」元本学教授橋内武,1983年12月 右図転載)

フッド授与式(ふっどじゅよしき)

フッド授与式は、キャップ・アンド・ガウン授与式で学士候補生となった学生に、フッドの着用を許可してアカデミック・ドレスを完成させ、学士となったことの象徴とするもので、卒業証書・学位記授与式の前に行われます。式はカトリック司祭の司式で捧げられる感謝のミサの形式をとっており、学生は本学の理念である全人教育を身につけ新たな人格として、社会に巣立つ決意を固め、祝福されるのです。

ND BULLETIN 学報(えぬ・でぃー・ぶりてん がくほう)
▲創刊号1971年11月15日発行)

大学の広報誌。学報。
1971年11月15日に第1号が 発刊され、現在も定期的に発行されています。
創刊号では当時の学長シスター渡辺和子が発刊に寄せて 「大学本来の美しさ」について語っています。

プレジデンツデー(ぷれじでんつでー)

本学では、10月4日をプレジデンツデーと定めています。プレジデンツデーとは、シスター髙木孝子学長の修道名シスターフランセスを祝う日です。学長の修道名である「フランセス」は、聖フランシスコ(アッシジの)Saint Francis of Assisi(1181~1226)に由来しており、カトリック教会では、聖フランシスコの祝祭日を10月4日としているからです。

正宗敦夫文庫(まさむねあつおぶんこ)

本学創立当初の教員であった正宗敦夫教授が収集したコレクションで、本学附属図書館に設置されています。 正宗教授は備前市穂波の自宅に和漢の書籍や郷土資料を収集した「正宗文庫」を設立したことで知られています。1965年、教授の遺志により、本学での講義のために収集した歌書を中心とした約400冊が本学に移管され、自宅の文庫と区別するために「正宗敦夫文庫」と名づけられました。中でも『金葉和歌集』の写本類は日本一のコレクションであり、伝為明筆本『金葉和歌集』は『新編国歌大観』の底本となっています。 本学日本語日本文学科では実際の資料を用いた授業も開講しています。

水鏡(みずかがみ)

ノートルダムホール中央棟の前に直径10メートルの水のオブジェがあります。学生に立ち止まって自己の内面を見つめてほしいという願いが込められています。

マリアンホール(まりあんほーる)

マリアンホールは1955(昭和30)年にマリア科学館として落成しました。一般教室や調理教室、物理化学教室、裁縫教室、娯楽室、研究室を備えた鉄筋コンクリートの建物で、新築当初は一部を清心中学校・清心女子高等学校の寮として使用されていました。1964(昭和39)年に同中学・高校が現在の倉敷市に移転した後は、3・4階を改造して大学の寮が設けられていました。1972(昭和47)年からは附属小学校がマリアンホールへ移転し、附属小学校校舎となりました。附属小学校創立40周年にあたる2007年に老朽化のため取り壊されましたが、新たに、2007年2月大学キャンパス北側に同じくマリアンホールとして新築されました。

紋章(もんしょう)

本学の紋章の中央は聖母マリアの色として知られているblueを地色とした楯形で、その中に二輪の百合、一つの星、一冊の本と富士山が描かれています。
楯と図案化された銀白の百合は、Fleur-de-lis(ユリの紋章)という紋章を持つフランスにおいて創立されたノートルダム修道女会を記念し、同じく銀白に輝く一つの星は、日本の守護者であるとともに会の保護者である暁の星なる聖母マリアを象徴するものです。
次に金色に縁どられて開かれた本は学問を象徴し、その上に書かれた「清心」の2文字は、聖母マリアの清き心を通して学ぶ神の知識が、すべての学問の究極の目的であり冠であることを意味しています。
紋章の基底で描かれた銀白の雪をいただく金色の富士山は、日本におけるノートルダム清心女子大学を示すものです。1949年は本学創立の年であり、blueとgoldの配色はcollege colorです。

ND BULLETIN 学報(えぬ・でぃー・ぶりてん がくほう)
▲創刊号1971年11月15日発行)

大学の広報誌。学報。
1971年11月15日に第1号が発刊され、現在も定期的に発行されています。
創刊号では当時の学長シスター渡辺和子が発刊に寄せて 「大学本来の美しさ」について語っています。

N.D.S.U. TIMES (えぬ・でぃー・えす・ゆー・たいむず)
▲創刊号(1951年8月10日発行)

1951年8月10日に新聞部が創刊した学生新聞。新聞部が1994年に廃部となって廃刊されました。創刊当初は年に5回程度発行されており、インター・ナショナルな性格を持たせるために英文、邦文で書かれていました。そのため、新聞部内では英文班、邦文班に分かれて仕事をしていたということです。新聞には さまざま出来事が記されていますが、特に大学草創期の行事の内容や学生の気質を知る貴重な資料となっています。