| 1751(宝暦1)年 |
7 |
ジュリー・ビリアート,北フランスのピカルディ地方のクビリーに誕生。 |
| 1774(安永3)年 |
- |
ジュリー・ビリアート発病。長い病床生活が始まる。 |
| 1794(寛政6)年 |
- |
ジュリー・ビリアート,修道会の創立を共に担うフランソワーズ・ブラン・ド・ブルドンに出会う。 |
| 1804(文化1)年 |
- |
ジュリー・ビリアート,早春にノートルダム修道女会の名で教育事業を始める。 |
| 1804(文化1)年 |
6 |
ジュリー・ビリアートに奇跡が起こる(53歳)。 |
| 1807(文化4)年 |
7 |
ベルギーのナミュールに修道院を設立。 |
| 1816(文化13)年 |
4 |
ジュリー・ビリアート帰天(65歳)。 |
| 1840(天保11)年 |
- |
米国に修道会会員派遣。 |
1855(安政2)年 |
3 |
パリ外国宣教会P.S.B.ジラール,L.T.フューレ,E.E.メルメ・ド・カションの3師,琉球に上陸。 |
| 1862(文久2)年 |
1 |
P.S.B.ジラール師,横浜に天主堂建設。 |
| 1862(文久2)年 |
6 |
教皇ピオ九世,日本の26殉教者列聖(ローマ)。 |
| 1863(文久3)年 |
7 |
パリ外国宣教会B.T.プチジャン師とL.T.フューレ師,長崎上陸。 |
| 1865(慶応1)年 |
2 |
長崎大浦天主堂(日本26聖人記念聖堂)献堂式。 |
| 1865(慶応1)年 |
3 |
大浦天主堂内で浦上信徒名乗り出る(信徒の発見)。その後浦上4か所に秘密教会結成。 |
| 1867(慶応3)年 |
7 |
教皇ピオ九世,日本205殉教者列福(ローマ)。 |
| 1867(慶応3)年 |
7 |
浦上四番崩れ始まる(長崎奉行,キリシタン68名を投獄)。 |
| 1872(明治5)年 |
6 |
幼きイエズス会(サン・モール修道会)5名,横浜に上陸。 |
| 1873(明治6)年 |
2 |
キリシタン禁制の高札撤去(キリスト教の黙認)。 |
| 1873(明治6)年 |
3 |
配流されていた浦上のキリシタン信徒の釈放。 |
| 1880(明治13)年 |
2 |
大阪からアンリ・ワスロン師等来岡。岡山に初めてカトリック教を伝え,7人の洗礼者あり,仏語学校を開く。 |
| 1886(明治19)年 |
6 |
神戸から「幼きイエズス会」のシスター2人が来岡し,私立岡山女学校(清心高等女学校の前身)の創設に参加する。所在地は西中山下86番地(当時)。創立者千坂つるほか。 |
| 1889(明治22)年 |
1 |
経営移管にともない,「まいかい女学校」と改称。設立者岡田麟治。 |
| 1889(明治22)年 |
- |
弓ノ町(現天神町)岡山教会内(当時)へ移転する。 |
| 1904(明治37)年 |
3 |
高等女学校令による改組が行われ,「まいかい高等女学校」と改称する。 |
| 1911(明治44)年 |
8 |
校名を清心高等女学校と改称。 |
| 1922(大正11)年 |
9 |
イエズス会ヘンリー・デーリング大司教(のちに広島教区長となる)はナミュール・ノートルダム修道女会アメリカ・マサチューセッツ管区長に手紙を送り,清心高等女学校の職務を引き継ぐシスターを要請した。 |
| 1923(大正12)年 |
4 |
ナミュール・ノートルダム修道女会,日本での新しい宣教活動を決定。 |
| 1924(大正13)年 |
7 |
ナミュール・ノートルダム修道女会の6名のシスター,サンフランシスコから日本に向けて「プレジデント・ウィルソン号」に乗船。 |
| |
| 清心高等女学校の経営を引き継ぐ 〜 大学創立
(1924〜1949) |
| |
| 1924(大正13)年 |
8 |
ナミュール・ノートルダム修道女会米国ウォルサム管区(マサチューセッツ州)より,シスター・マリー・クレアをはじめとする6名のシスターが来岡。 |
| 1924(大正13)年 |
8 |
幼きイエズス会からナミュール・ノートルダム修道女会への経営移管の申請が文部省へ提出された。 |
| 1924(大正13)年 |
9 |
デーリング大司教によって最初のミサがささげられた。 |
| 1924(大正13)年 |
9 |
清心高等女学校の経営を幼きイエズス会より引き継ぎ,設立者の変更が認可される(幼きイエズス会,39年間の経営に終止符)。シスター・マリー・クレアが校長に就任。 |
| 1927(昭和2)年 |
10 |
校舎改築・移転発表。 |
| 1927(昭和2)年 |
11 |
学校位置変更を文部省に申請。 |
| 1928(昭和3)年 |
2 |
学校位置変更認可。 |
| 1928(昭和3)年 |
6 |
校舎建築願提出。 |
| 1928(昭和3)年 |
6 |
岡山市上伊福建設地で起工式。上伊福字亀山260番地(現校地)の新校舎の建築開始。 |
| 1928(昭和3)年 |
8 |
新校舎建築認可。 |
| 1929(昭和4)年 |
12 |
新校舎(ノートルダムホール)竣工。 |
| 1930(昭和5)年 |
1 |
上伊福校舎に弓之町の旧校舎より移転完了。 |
| 1930(昭和5)年 |
11 |
シスター・メリー・コスカが来岡し,第2代高女校長に就任。 |
| 1930(昭和5)年 |
11 |
シスター・メリー・コスカ第2代高女校長申請。 |
| 1931(昭和6)年 |
2 |
シスター・メリー・コスカ第2代高女校長認可。 |
| 1931(昭和6)年 |
4 |
財団法人設立申請。 |
| 1932(昭和7)年 |
5 |
財団法人ノートルダム財団設立認可(初代理事長シスター・メリー・コスカ)。 |
| 1933(昭和8)年 |
- |
シスター・クレア・セントアロイシャス,シスター・マリー・フランセス,アメリカに滞在していた日本人シスター青木愛子(シスター・マリー・イグネシアス)が赴任。 |
| 1940(昭和15)年 |
11 |
シスター・メリー・コスカが財団理事長を辞任する。同時に,4人の外国人理事も辞任し,鈴木蔀が第2代理事長に就任。 |
| 1940(昭和15)年 |
12 |
皇紀二千六百年を記念して奉安殿を設置。 |
| 1941(昭和16)年 |
4 |
シスター・メリー・コスカが高女校長を辞任。多田定之進教頭が兼務で校長事務取扱いとなる。 |
| 1941(昭和16)年 |
9 |
松浦俊吉が高女校長に就任する。多田教頭の兼務解かれる。 |
| 1941(昭和16)年 |
12 |
太平洋戦争開戦。 |
| 1941(昭和16)年 |
12 |
外国人シスターたちは軟禁状態におかれる。 |
| 1942(昭和17)年 |
3 |
シスター・メリー・コスカほか外国人シスターたちが広島県三次のキャンプに収容される。 |
| 1942(昭和17)年 |
12 |
アメリカ人のシスターたちは東京の「敵性国人収容所」に移される。 |
| 1943(昭和18)年 |
1 |
理事会において岡山清心女子専門学校設立決定。 |
| 1943(昭和18)年 |
9 |
岡山清心女子専門学校設立申請。 |
| 1943(昭和18)年 |
9 |
外国人シスターたちはアメリカに強制送還される。 |
| 1943(昭和18)年 |
12 |
外国人シスターたちは「グリプソン号」でニューヨークに着く。 |
| 1944(昭和19)年 |
2 |
岡山清心女子専門学校設置認可(物理化学科,保健科,被服科)。 |
| 1944(昭和19)年 |
2 |
ノートルダム財団は財団法人清心学園と改称。 |
| 1944(昭和19)年 |
4 |
女専第1回生を迎える。物理化学科,保健科,被服科,各学科ともに定員は40名,修業年限は3年。女専初代校長は,高等女学校の校長松浦俊吉が兼任。 |
| 1944(昭和19)年 |
- |
学生の勤労作業,学徒動員の強化。 |
| 1945(昭和20)年 |
6 |
岡山空襲により,校舎は災禍を免れたものの,女専,高女の学生,生徒14名の尊い命が失われた。 |
| 1945(昭和20)年 |
8 |
終戦。 |
| 1945(昭和20)年 |
11 |
文部省より「キリスト教関係諸学校通牒」が発令される。その他戦後教育に関する新指令続々と発令される。 |
| 1946(昭和21)年 |
10 |
外国人シスターたちが帰校。 |
| 1947(昭和22)年 |
1 |
松浦俊吉,女専校長を辞任。 |
| 1947(昭和22)年 |
2 |
シスター・メリー・コスカ女専校長として文部大臣より認可。財団名をノートルダム清心学園と名称変更。 |
| 1947(昭和22)年 |
2 |
財団理事にシスター・メリーコスカとシスター・エーメー・ジュリーが復帰。 |
| 1947(昭和22)年 |
3 |
岡山清心女子専門学校に英文科新設認可 入学定員50名 (開設1947年4月1日)。 |
| 1947(昭和22)年 |
3 |
学制改革により清心高等女学校は清心中学校及び清心高等女学校となる。 |
| 1947(昭和22)年 |
6 |
女専第1回卒業生95名を送り出す。 |
| 1947(昭和22)年 |
7 |
昭和22年3月以後の本科家政科の内,保健科卒業生に限り,中学校・高等女学校教員無試験検定を認可される。 |
| 1948(昭和23)年 |
3 |
昭和23年3月以後の保健科卒業生に対し「家政科家政」,被服科卒業生に対し「家政科被服」の中学校・高等女学校教員無試験検定を認可される。 |
| 1948(昭和23)年 |
- |
この年の女専物理化学科の募集を中止する。 |
| 1948(昭和23)年 |
4 |
学制改革により清心高等女学校は廃止され,清心女子高等学校設置認可。 |
| 1948(昭和23)年 |
5 |
理事会において大学の設置を決定。 |
| 1948(昭和23)年 |
6 |
大学設置に関する第一次申請を行う。 |
| 1948(昭和23)年 |
10 |
ヘレン・ケラー女史来校する。 |
| 1949(昭和24)年 |
3 |
学校教育法による大学,ノートルダム清心女子大学設置認可(開設1949年4月1日)。学芸学部(英文学専攻,家政学専攻)。シスター・メリー・コスカ初代学長に就任(女専校長と兼任)。 |
| |
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|
|
| 大学開学(1949年)から1958年まで |
| |
| 1949(昭和24)年 |
4 |
ノートルダム清心女子大学開学。清心中・高校は木造校舎に移転。 |
| 1949(昭和24)年 |
4 |
ナミュール・ノートルダム修道女会来日25周年記念行事開催。ナミュール・ノートルダム修道女会アメリカ管区長シスター・マリー・ジョセフ来日。 |
| 1949(昭和24)年 |
4 |
第1期生の入学試験実施。 |
| 1949(昭和24)年 |
4 |
合格者発表。 |
| 1949(昭和24)年 |
5 |
第1回入学式。中・四国地方初の4年制女子大学の一つとして全国的にも注目された。 |
| 1949(昭和24)年 |
12 |
昭和25年3月以後の英文科卒業生に対し,「外国語の内英語」の中学校・高等女学校教員無試験検定を認可される。 |
| 1949(昭和24)年 |
- |
聖フランシスコ・ザビエルの「奇跡の右手」が「日本巡礼の旅」の途中で本学聖堂に掲げられる。 |
| 1950(昭和25)年 |
1 |
昭和24年3月以後の物理化学科卒業生に対し,「理数科物象」の中学校・高等女学校教員無試験検定を認可される。 |
| 1950(昭和25)年 |
4 |
広島市己斐にノートルダム清心中学校が開校。シスター・メリー・コスカが初代校長を兼任。 |
| 1950(昭和25)年 |
- |
ボストンのエマニュエル・カレッジ学監を長く務めたシスター・ヘレン・マデレンが本学のコンサルタントとして派遣される。 |
| 1950(昭和25)年 |
9 |
教職課程設置を申請。 |
| 1950(昭和25)年 |
- |
米国のナミュール・ノートルダム修道女会などから360万円という巨額の寄付金が寄せられた。 |
| 1951(昭和26)年 |
2 |
教職課程設置認可。外国語(英語),理科,家庭科。 |
| 1951(昭和26)年 |
2 |
財団法人ノートルダム清心学園を学校法人ノートルダム清心学園に変更許可。 |
| 1951(昭和26)年 |
3 |
112名の卒業生を送り出すとともに,清心女子専門学校が閉校される。卒業生総数5期592名。 |
| 1951(昭和26)年 |
8 |
「N.D.S.C.タイムズ」(学生新聞)創刊。後に「N.D.S.U.タイムズ」と改題。 |
| 1951(昭和26)年 |
9 |
岡山清心女子専門学校1951年3月30日限り廃止認可。 |
| 1951(昭和26)年 |
10 |
シスター・メリー・コスカに教育学名誉博士号授与。 |
| 1951(昭和26)年 |
- |
ノートルダム・カレッジ学長シスター・ヘレン・マデレンがシスターメリー・コスカ学長にエマニュエル大学から教育学名誉博士号を授与するため来学,4か月間にわたって学生に講義する一方,米国で育まれてきたノートルダム・カレッジの伝統が本学に適合するよう指導した。 |
| 1951(昭和26)年 |
10 |
シスター・エドウィン・セシリアが初代学監に就任。 |
| 1951(昭和26)年 |
- |
黒川家蔵書の中の和歌関係の文献を購入(黒川文庫)。 |
| 1952(昭和27)年 |
1 |
ノートルダム清心中学校長シスター・メリー・コスカ辞任し,後任にはシスター・ローズ・キャサリンが決定。 |
| 1952(昭和27)年 |
2 |
学部増設認可に伴う学部の名称及び組織の変更(開設1952年4月1日),文学部(英文学科,国文学科),家政学部(家政学科)。 |
| 1952(昭和27)年 |
6 |
第1回キャップ・アンド・ガウン授与式挙行。 |
| 1952(昭和27)年 |
11 |
シスター・ヘレン・マデレン英文学科顧問に就任。 |
| 1953(昭和28)年 |
3 |
広島市己斐にノートルダム清心高等学校設置。初代校長シスター・ローズ・キャサリン。 |
| 1953(昭和28)年 |
3 |
第1回フード授与式(現フッド授与式)挙行。 |
| 1953(昭和28)年 |
3 |
第1回卒業式挙行。大学第1回卒業生(英文学科13人,家政学科12人)を送り出す。 |
| 1954(昭和29)年 |
4 |
教職課程認定 中学校一級(国語,理科,家庭,英語),高等学校二級(国語,理科,家庭,英語)。 |
| 1954(昭和29)年 |
4 |
教職課程認定 中学校一級(保健),高等学校二級(保健)。 |
| 1954(昭和29)年 |
9 |
ナミュール・ノートルダム修道女会管区長シスター・ロレット・ジュリアが,シスター・エレナ・ジョセフとともに来学。 |
| 1954(昭和29)年 |
11 |
教職課程認可 中学校一級(国語,理科,家庭,英語),高等学校二級(国語,理科,家庭,英語)。(認定時期1954年4月1日)。 |
| 1955(昭和30)年 |
1 |
教職課程認可 中学校一級(保健),高等学校二級(保健)。(認定時期1954年4月1日)。 |
| 1955(昭和30)年 |
10 |
マリア科学館(現マリアンホール(旧附属小学校校舎))が落成。 |
| 1955(昭和30)年 |
11 |
米国本部からの要請により学長シスター・メリー・コスカと英文学科長シスター・エーメー・ジュリー帰米。シスター・エーメー・ジュリー,日本における30年間の女子教育を回想して執筆にとりかかる。 |
| 1955(昭和30)年 |
11 |
家政学部家政学科を栄養士養成施設として指定。 |
| 1956(昭和31)年 |
3 |
教職課程認定 高等学校二級(書道) (認定時期1956年4月1日)。 |
| 1956(昭和31)年 |
5 |
シスター・エーメー・ジュリーがカリフォルニア州ベルモントのノートルダム大学より名誉法学博士号を受ける。 |
| 1956(昭和31)年 |
7 |
初代学長シスター・メリー・コスカ辞任のため,シスター・エーメー・ジュリー第2代学長に就任。前学長シスター・メリー・コスカ名誉学長になる。 |
| 1956(昭和31)年 |
7 |
エマニュエル大学教授シスター・メリー・ジェイムスが客員教授として来任,英文学科長に就任(1958年3月帰国)。 |
| 1958(昭和33)年 |
4 |
マサチューセッツ大学より図書600冊寄贈。 |
| |
|
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| |
|
|
| 1959年から1968年まで |
| |
|
|
| 1959(昭和34)年 |
5 |
大学創立10周年記念式典を挙行。第2代学長シスター・エーメー・ジュリーに勲四等瑞宝章授与。ナミュール・ノートルダム修道女会来日35周年記念体育館(現記念館)兼音楽室起工式。 |
| 1959(昭和34)年 |
12 |
ナミュール・ノートルダム修道女会来日35周年記念式挙行。初代学長シスター・メリー・コスカに勲四等瑞宝章授与。ナミュール・ノートルダム修道女会来日35周年記念体育館(現記念館)落成。 |
| 1960(昭和35)年 |
3 |
セント・ヨゼフホール(学寮)落成。 |
| 1960(昭和35)年 |
10 |
米国管区長シスター・エレナ・ジョセフがシスター・ヘレン・ジュリアとともに来学。 |
| 1961(昭和36)年 |
3 |
広島市にノートルダム清心女子大学短期大学部設置認可(開設1961年4月1日)。ノートルダム清心女子大学長シスター・エーメー・ジュリー,短期大学部学部長を兼任。 |
| 1961(昭和36)年 |
4 |
初代学長シスター・メリー・コスカ逝去(73歳)。 |
| 1961(昭和36)年 |
10 |
ローマ教皇使節としてヴァチカン駐日公使エンリッチ大司教来学。 |
| 1963(昭和38)年 |
1 |
第2代学長シスター・エーメー・ジュリー,"With Dedicated Hearts " 出版。 |
| 1963(昭和38)年 |
1 |
日本のナミュール・ノートルダム修道女会は,日本准管区として米国マサチューセッツ管区より独立し,初代准管区長にシスター・メリー・マチーナが就任する。これにともない,学校法人ノートルダム清心学園の諸学校・大学も,外国の援助を受けることなく独立して経営されることとなった。 |
| 1963(昭和38)年 |
8 |
第2代学長シスター・エーメー・ジュリー逝去(73歳)。 |
| 1963(昭和38)年 |
10 |
清心中学・高校を上伊福校地より分離移転することに決定。都窪郡庄村二子才公山(現倉敷市)に校地獲得。 |
| 1963(昭和38)年 |
10 |
渡辺和子第3代学長に就任。短期大学部学部長を兼任。 |
| 1964(昭和39)年 |
2 |
家政学部児童学科認可(開設1964年4月1日)。 |
| 1964(昭和39)年 |
3 |
新潟市に新潟清心女子高等学校設置認可。 |
| 1964(昭和39)年 |
3 |
ノートルダム清心女子大学短期大学部を廃し,ノートルダム清心女子短期大学設置認可(開設1964年4月1日)。 |
| 1964(昭和39)年 |
4 |
家政学部児童学科開設。ノートルダム清心女子短期大学が開学。 |
| 1964(昭和39)年 |
4 |
教職課程認定 幼稚園教諭一級。 |
| 1964(昭和39)年 |
9 |
清心中学・高校の庄村二子(現倉敷市)校舎,第一期工事落成。上伊福より中学・高校移転。 |
| 1964(昭和39)年 |
12 |
創立15周年を記念して第1回大学祭を行う。 |
| 1964(昭和39)年 |
12 |
ノートルダム清心女子大学附属幼稚園設置認可(開設1965年4月1日)。 |
| 1965(昭和40)年 |
1 |
家政学部食品・栄養学科認可(開設1965年4月1日)。 |
| 1965(昭和40)年 |
1 |
文学部英文学科の入学定員40人を100人に変更。 |
| 1965(昭和40)年 |
1 |
鈴木蔀第2代学園理事長逝去(87歳)。 |
| 1965(昭和40)年 |
1 |
シスター・メリー・マチーナが第3代理事長に就任。 |
| 1965(昭和40)年 |
- |
英文学科最初の夏季講座開催(岡山県教育委員会後援,主として岡山県下の中学校・高等学校英語教員が対象)。 |
| 1965(昭和40)年 |
9 |
栄養士養成施設を家政学科から食品・栄養学科に変更認可。 |
| 1966(昭和41)年 |
11 |
『ノートルダム清心女子大学古典叢書』第1期刊行開始。 |
| 1966(昭和41)年 |
12 |
ノートルダム清心女子大学附属小学校設置認可(開設1967年4月1日)。 |
| 1967(昭和42)年 |
3 |
教職課程認定 小学校教諭一級(適用時期1967年4月1日)。 |
| 1967(昭和42)年 |
4 |
ノートルダム清心女子大学附属小学校開校。 |
| 1967(昭和42)年 |
4 |
家政学実習館(現 家庭管理実習棟)落成。 |
| 1967(昭和42)年 |
7 |
18日〜21日,国文学科「公開国文学夏季講座」始まる(〜1972年7月第6回まで続く)。 |
| 1967(昭和42)年 |
12 |
家政学部食品・栄養学科を食品・栄養学専攻(20人)と管理栄養士専攻(30人)に分離。
管理栄養士専攻課程を管理栄養士養成施設として指定。(1970年3月以降卒業するものについて)。 |
| 1968(昭和43)年 |
3 |
附属図書館竣工。 |
| 1968(昭和43)年 |
4 |
駐日バチカン公使ブルノ・ヴェステンベルグ大司教来校。 |
| 1968(昭和43)年 |
4 |
一般教育部門別置。 |
| 1968(昭和43)年 |
9 |
第1回英文学科主催のヨーロッパ研修旅行実施。 |
| 1968(昭和43)年 |
10 |
附属図書館落成式(総工費約1億5千万円,蔵書数約5万7千冊)。 |
| 1968(昭和43)年 |
- |
家政学実習館(現 家庭管理実習棟)を住居学実習室と改称。 |
| |
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1969年から1978年まで |
| |
| 1969(昭和44)年 |
2 |
第2代学監シスター・メリー・アンジェリーナ(鈴木恵子)が退職する(清心中・清心女子高等学校校長へ転出)。以後,学監の任命は行われない。 |
| 1969(昭和44)年 |
3 |
学則が文部省より認可される(前年度正式に学則が検討された)。 |
| 1969(昭和44)年 |
4 |
弘報部新設。 |
| 1969(昭和44)年 |
4 |
学内報第1号発刊。 |
| 1969(昭和44)年 |
6 |
ナミュール・ノートルダム修道女会創立者ジュリー・ビリアートがローマで列聖される。列聖を記念してクビリー奨学金が設けられる。 |
| 1969(昭和44)年 |
7 |
女子大学連盟に加盟する。 |
| 1969(昭和44)年 |
8 |
渡辺和子学長,国際大学会議(ウィーン)に出席。本学,国際大学協議会日本連絡校に指定される。 |
| 1969(昭和44)年 |
10 |
通称ボランティア・システムが2名のトリニティ大学卒業生を迎えて始まる。 |
| 1969(昭和44)年 |
12 |
大学創立20周年記念式典を挙行。 |
| 1969(昭和44)年 |
12 |
『ノートルダム清心女子大学20年史』刊行。 |
| 1969(昭和44)年 |
12 |
中央研究室館(現ジュリーホール)落成(総工費約1億6千万円)。 |
| 1969(昭和44)年 |
- |
ロッカー館が落成。 |
| 1969(昭和44)年 |
- |
自治会を設置する動きが学生の中におこり,学生たちとともに考えて行こうとする大学全教職員の集まりが幾度となく開かれた。 |
| 1970(昭和45)年 |
3 |
シスター・メリー・マチーナ,日本准管区長・学園理事長辞任。 |
| 1970(昭和45)年 |
4 |
シスター辻海松子(シスター・モニカ),管区長及び学園理事長就任。 |
| 1970(昭和45)年 |
4 |
ナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・メリー・リンスコット来学。「ノートルダムの教育」と題しての講演が行われる。 |
| 1970(昭和45)年 |
4 |
ジュリー・ホール(現ジュリーホール)1階に同窓会室を設置。 |
| 1970(昭和45)年 |
5 |
『古典叢書』第1期(10回配本まで)完了。 |
| 1970(昭和45)年 |
7 |
7〜8月,児童学科夏季幼児教育講座が開催され,以後1977年(第13回)まで続く。 |
| 1970(昭和45)年 |
8 |
第1回児童学科モンテッソーリ教育講習会が開催され,以後継続的に開かれる。 |
| 1971(昭和46)年 |
1 |
家政学部家政学科の入学定員40人を60人に変更。家政学部児童学科を児童学専攻30人,児童教育専攻40人に専攻分離。 |
| 1971(昭和46)年 |
2 |
教職課程認定 児童学科児童学専攻に幼稚園教諭一級,同児童教育専攻に小学校教諭一級・養護学校教諭二級(適用時期1971年4月1日)。 |
| 1971(昭和46)年 |
4 |
住居学実習室を家庭管理実習室と改称。 |
| 1971(昭和46)年 |
4 |
本学の従来の学内機構,再評価される。弘報部,学長室に包含される。 |
| 1971(昭和46)年 |
6 |
広報調査室設置される。 |
| 1971(昭和46)年 |
8 |
8〜9月,児童学科主催モンテッソーリ研修ツアー,米国各地のモンテッソーリ教育を視察する。 |
| 1971(昭和46)年 |
11 |
「ノートルダム清心女子大学学報(ND Bulletin)」創刊。 |
| 1972(昭和46)年 |
5 |
この年より,キャップ・アンド・ガウン授与式が聖ジュリー・ビリアートの祝日である5月13日に行われることとなる。 |
| 1972(昭和47)年 |
6 |
渡辺和子学長,米国モンテッソーリ協会より招かれ,モンテッソーリ教育全米大会で特別講演を行う。 |
| 1972(昭和47)年 |
7 |
第6回公開国文学夏季講座を和歌文学会との共催で開き,その内容が『和歌の本質と展開』として刊行される(桜楓社・1973年4月)。 |
| 1972(昭和47)年 |
7 |
第1回家政学夏季講座が開催され,以後1976年(第3回)まで続く。 |
| 1972(昭和47)年 |
7 |
7〜8月,英文学科研修旅行(欧州)行われる(以後も隔年に実施される)。 |
| 1972(昭和47)年 |
- |
旧修道院(現在,ノートルダムホール東棟の南側建物)を新学寮に改造する工事が完成し,「ハウス・オブ・ロレット」と呼ばれた。 |
| 1972(昭和47)年 |
4 |
附属小学校,マリアンホールへ移転。 |
| 1973(昭和48)年 |
- |
昭和48年度以降の附属幼稚園,3年保育増設が認可される。 |
| 1973(昭和48)年 |
3 |
附属小学校,第1回卒業生を送り出す。附属小学校初代校長渡辺和子(学長)辞任し,第2代校長シスター・青木,発令。 |
| 1973(昭和48)年 |
4 |
クビリー・ホールが落成。 |
| 1973(昭和48)年 |
4 |
国内ならびに海外研修制度を確立(教員)。 |
| 1973(昭和48)年 |
8 |
ナミュール・ノートルダム修道女会来日50周年感謝ミサが,ナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・メリー・リンスコットを迎えて,岡山カトリック教会で挙行される。 |
| 1974(昭和49)年 |
4 |
教職専門科目に司書教諭に必要な科目開設。 |
| 1974(昭和49)年 |
4 |
児童学科にモンテッソーリ教育コース開設。 |
| 1974(昭和49)年 |
7 |
7月21日〜9月7日,渡辺和子学長,日本人移民に招かれブラジルを講演旅行する。 |
| 1975(昭和50)年 |
3 |
『特殊文庫目録』刊行。 |
| 1975(昭和50)年 |
5 |
キリスト教文化研究所設置(渡辺和子学長,所長を兼ねる)。 |
| 1975(昭和50)年 |
- |
第1回キリスト教文化研究所公開講座が開催され,以後毎年開かれる。 |
| 1975(昭和50)年 |
8 |
ナミュール・ノートルダム修道女会日本准管区が日本管区に昇格。 |
| 1975(昭和50)年 |
11 |
ルルド館(同窓会館)が落成。 |
| 1976(昭和51)年 |
2 |
渡辺和子学長,サンノゼ゙市名誉市民となる。 |
| 1976(昭和51)年 |
3 |
一般教育部門改組。 |
| 1976(昭和51)年 |
3 |
文学部国文学科の入学定員40人を80人に,家政学部児童学科児童学専攻入学定員30人を40人に,児童学科児童教育専攻入学定員40人を60人に変更。 |
| 1976(昭和51)年 |
4 |
一般教育部門を発展的に解消して,全教員が文学部・家政学部のいずれかに属することとなった。一般教育部門の解体にともない,文学部内に語学センターと文化学センターが発足する。 |
| 1976(昭和51)年 |
5 |
『ノートルダム清心女子大学古典叢書』第2期の刊行開始。 |
| 1976(昭和51)年 |
6 |
渡辺和子学長が日本管区長に就任。 |
| 1976(昭和51)年 |
9 |
蒜山セミナーハウス本館落成(岡山県真庭市)。 |
| 1976(昭和51)年 |
12 |
附属小学校創立10周年記念式典挙行。 |
| 1977(昭和52)年 |
3 |
『紀要』第1巻第1号発行。『紀要』(英文学科・国文学科・一般教育部門)・『時報』(家政学部)が『ノートルダム清心女子大学紀要』(外国語・外国文学篇,国語・国文学篇,生活経営学・児童学・食品・栄養学篇,文化学篇の四分冊)として一本化され,各第1巻第1号が刊行される。(英文学科紀要は11号まで,国文学科紀要は9号まで,一般教育部門紀要は11号まで,家政学部時報は21号までそれぞれ刊行された)。 |
| 1977(昭和52)年 |
4 |
老朽化したSL装置に代え,新LL設備を306NDに設置。 |
| 1978(昭和53)年 |
3 |
テレジア館(クラブハウス)が落成。 |
| 1978(昭和53)年 |
4 |
附属幼稚園新園舎完成。 |
| 1978(昭和53)年 |
6 |
ノートルダムホール改修工事。西棟(520ND,実験室等)竣工式。 |
| 1978(昭和53)年 |
11 |
大学創立30周年記念式典を挙行。 |
| 1978(昭和53)年 |
11 |
『ノートルダム清心女子大学史 1969-1978』刊行。 |
| 1978(昭和53)年 |
12 |
『ノートルダム清心女子大学古典叢書』は12月に刊行された第17回配本『詞花和歌集』(福武書店)をもって第2期の配本を完了する。 |
| |
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| |
|
|
| 1979年から1988年まで |
| |
| 1979(昭和54)年 |
3 |
キリスト教文化研究所年報第1号「特集キリスト教教育」刊行。 |
| 1979(昭和54)年 |
3 |
渡辺和子学長は,ナミュール・ノートルダム修道女会日本管区長を兼任していたが,任期満了して辞任。次期管区長には,辻海松子(シスター・モニカ)が就任。 |
| 1979(昭和54)年 |
4 |
ナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・メリー・ダニエルを迎えて入学宣誓式が挙行される。 |
| 1979(昭和54)年 |
4 |
第1回新入生合宿オリエンテーションを蒜山セミナーハウス,農村センター,山陽休暇村の3か所で実施。 |
| 1979(昭和54)年 |
5 |
日本キリスト教文学会中国支部が本学に事務局を置き発足。 |
| 1979(昭和54)年 |
9 |
昼食時間を10分延長するため授業時間の一部を変更(3・4時限を10:15〜11:45,5・6時限を12:35〜2:05)。 |
| 1979(昭和54)年 |
10 |
荻原省己家政学部助教授の編曲した岡山市民歌を,グリークラブが岡山市制施行90周年記念式典において,同助教授指揮のもとに合唱し,その普及に協力する。 |
| 1979(昭和54)年 |
11 |
ノートルダム清心学園一宮校舎落成。 |
| 1979(昭和54)年 |
11 |
これまで学長名には修道女名シスター・セント・ジョンと渡辺和子を併用してきたが,渡辺和子に統一することとなる。 |
| 1979(昭和54)年 |
11 |
第16回大学祭で,初めて本学志願者のための入試資料コーナーを開設。 |
| 1979(昭和54)年 |
12 |
食品・栄養学科,厚生省より,食品衛生法及び同法施行令に定める食品衛生管理者及び食品衛生監視員の養成施設として指定(1980年4月以降入学者より適用)。 |
| 1980(昭和55)年 |
3 |
初めてノートルダム・デーを実施(第28期生から)。 |
| 1980(昭和55)年 |
3 |
中国・四国地区私立大学教職課程研究連絡協議会の設立総会が,19大学の参加の下に本学で開催され,会長(任期2年)に渡辺和子学長が選出される。 |
| 1980(昭和55)年 |
4 |
学芸員の資格に必要な博物館に関する専門科目開設。 |
| 1980(昭和55)年 |
4 |
新入生全員参加の入学感謝ミサが入学行事として始まる。 |
| 1980(昭和55)年 |
5 |
第29回キャップ・アンド・ガウン授与式がナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・メリー・ダニエルを迎えて挙行され,同総長は「平和への旅路」と題して講演を行う。 |
| 1980(昭和55)年 |
6 |
マレーシア・ボランティア・グループ企画運営委員会設置。 |
| 1980(昭和55)年 |
8 |
第1回マレーシア奉仕団(M.V.G.)出発。第1回の奉仕団は,学生25名,大学からの引率者4名で,8月24日から9月7日までクアラルンプールにある障害者施設で奉仕。 |
| 1981(昭和56)年 |
3 |
フッド授与式(従来のフード授与式を改称)挙行される。 |
| 1981(昭和56)年 |
3 |
蒜山セミナーハウス本館拡張,別館B棟新築及び同窓会山荘ルルドの家落成。 |
| 1981(昭和56)年 |
5 |
米国ワシントン−トリニティ・カレッジとの学生交流制度を設ける。 |
| 1981(昭和56)年 |
7 |
文学部英文学科を英語英文学科,国文学科を国語国文学科に名称変更(変更年月日1982年4月1日)。 |
| 1981(昭和56)年 |
8 |
トリニティ・カレッジ留学生15名(うち奨学生5名)出発する。 |
| 1981(昭和56)年 |
8 |
国際障害者年に当たり,身体障害者用施設整備が進められ,スロープなどが設置される。 |
| 1981(昭和56)年 |
11 |
『ノートルダム清心女子大学古典叢書』第3期の刊行開始。1984年10月までに17冊の影印本を刊行する。 |
| 1982(昭和57)年 |
4 |
帰国子女入学試験制度を設ける。 |
| 1982(昭和57)年 |
4 |
「授業計画」「講義概要」「学生生活の手引」等を一つにまとめた『学生便覧』発行。 |
| 1982(昭和57)年 |
4 |
学部事務室創設。 |
| 1982(昭和57)年 |
4 |
シスター辻弘子,ナミュール・ノートルダム修道女会日本管区長に就任。 |
| 1983(昭和58)年 |
3 |
学寮新館(1983年3月24日完工)及び附属図書館新書庫(1982年9月6日完工)竣工式。 |
| 1983(昭和58)年 |
- |
カリタスホール建設用地から弥生時代を中心とした遺跡(上伊福遺跡)が発掘される。 |
| 1983(昭和58)年 |
4 |
外国人留学生入学試験制度を設ける。 |
| 1983(昭和58)年 |
6 |
外国人研究留学生(児童学科児童学専攻)1名(韓国),外国人研究留学生(国語国文学科)1名(中国)が入学する。 |
| 1983(昭和58)年 |
7 |
吉備高原セミナーハウス落成。 |
| 1983(昭和58)年 |
10 |
「上伊福遺跡」発掘調査終了し,中間報告を兼ねて,中野雅美岡山県教育委員会文化課文化財保護主事による公開講演会「上伊福遺跡と周辺遺跡」開催される。 |
| 1984(昭和59)年 |
2 |
米国ロード・アイランド−サルべ・レジ−ナ・ザ・ニューポート・カレッジ(現サルベ・レジーナ大学)との学生交流制度を設ける。 |
| 1984(昭和59)年 |
3 |
財団法人ノートルダム育英財団(代表設立発起人渡辺和子学長)設立認可。 |
| 1984(昭和59)年 |
3 |
私立大学協会を退会し,1984年度から日本私立大学連盟の会員大学に加わる。 |
| 1984(昭和59)年 |
3 |
米国ボストン−エマニュエル・カレッジとの学生交流制度を設ける。 |
| 1984(昭和59)年 |
4 |
米国カリフォルニア−カレッジ・オブ・ノートルダム(現ナミュール・ノートルダム大学)との学生交流制度を設ける。 |
| 1984(昭和59)年 |
5 |
カリタスホール落成。カリタスホールにおいて,竣工式及び創立35周年記念祝賀会,開催される。 |
| 1984(昭和59)年 |
5 |
ノートルダム育英財団は初めて1984年度奨学生として8名の採用を決定。 |
| 1984(昭和59)年 |
6 |
カリタスホール落成記念講演会「科学と宗教の接点を求めて」が,柳瀬睦男上智大学教授によりカリタス・ホール講義室(カリタス200)で開催される。 |
| 1984(昭和59)年 |
10 |
女性に関する資料室(仮称),生活文化資料室として発足する。 |
| 1984(昭和59)年 |
10 |
計算センター発足し,TOSBAC UX700の第1号機導入。 |
| 1984(昭和59)年 |
11 |
「神の愛の宣教者会(ミッショナリーズ・オブ・チャリティー)」を創設したマザー・テレサが来学。迎えた学生たちにカリタスホール前で講話。クビリー修道院に一泊した。渡辺学長通訳を務める。 |
| 1984(昭和59)年 |
12 |
ノートルダム育英財団主催による第1回カリタス・コンサート開催。 |
| 1984(昭和59)年 |
- |
蒜山セミナーハウスにテニスコートが完成。 |
| 1985(昭和60)年 |
1 |
米国カリフォルニア−クライスト・カレッジ・アーヴァイン(現コンコルディア大学)との学生交流制度を設ける。 |
| 1985(昭和60)年 |
4 |
一宮記念体育館竣工式。岡山市一宮に3階建ての体育館とプールが完成。 |
| 1985(昭和60)年 |
5 |
ノートルダム清心学園創立100周年記念式典挙行。 |
| 1985(昭和60)年 |
5 |
『清心学園百年史』刊行(清心学園百年史編纂委員会)。 |
| 1985(昭和60)年 |
5 |
一宮記念体育館を使用するクラブ活動参加者のために無料バスを運行。 |
| 1985(昭和60)年 |
5 |
生活文化資料室第一展示室開室。 |
| 1985(昭和60)年 |
5 |
ノートルダム清心学園創立100周年を記念して,ナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・キャサリン・ヒューズほか本部評議委員5名が来日し,本学のキャップ・アンド・ガウン授与式に臨席。 |
| 1985(昭和60)年 |
- |
教育懇談会(旧称 在学生保護者懇談会)が全国各地で開かれる。 |
| 1985(昭和60)年 |
12 |
附属幼稚園創立20周年記念式典挙行。 |
| 1986(昭和61)年 |
5 |
計算センターを情報理学研究センターに改称。 |
| 1986(昭和61)年 |
5 |
国際ソロプチミストより渡辺和子学長に千嘉代子賞が贈られる。 |
| 1986(昭和61)年 |
9 |
アメリカからエルダーホステラーが初の来日。本学は最初の受け入れ校となり,4講座を開く。第1回受講者34名,平均年齢69.2歳。 |
| 1986(昭和61)年 |
12 |
附属小学校創立20周年記念式典挙行。 |
| 1987(昭和62)年 |
4 |
家政学部に人間学研究所,児童臨床研究所,情報理学研究所,生活文化研究所を設ける。従来の人間学研究センターを人間学研究所に,生活文化研究センターを生活文化研究所に,情報理学研究センターを情報理学研究所に,チャイルド・クリニック・インスティチュート(CCI)を児童臨床研究所にそれぞれ昇格させる。 |
| 1987(昭和62)年 |
4 |
学長事務室設置。 |
| 1987(昭和62)年 |
5 |
学生部より独立し,就職指導部を設ける。 |
| 1987(昭和62)年 |
5 |
『生活文化研究所年報』第1輯刊行。 |
| 1987(昭和62)年 |
6 |
学生用図書特別予算が新たに設けられる。 |
| 1987(昭和62)年 |
9 |
岡山県内在学生保護者会(後に教育懇談会と改称される),初めて開催。 |
| 1987(昭和62)年 |
12 |
『児童臨床研究所年報』第1集刊行。 |
| 1988(昭和63)年 |
4 |
新学内機構発足し,文学部教授会,家政学部教授会の二教授会制になる。 |
| 1988(昭和63)年 |
4 |
『渡辺和子著作集』全5巻(山陽新聞社)の刊行が始まる。 |
| 1988(昭和63)年 |
4 |
本郷佳子(シスター・メリー・コスカ),ナミュール・ノートルダム修道女会日本管区長に就任。 |
| 1988(昭和63)年 |
4 |
学生部より保健センターが一部門として独立。 |
| 1988(昭和63)年 |
7 |
『情報理学研究講究録』第1巻発行。 |
| 1988(昭和63)年 |
11 |
記念館改修工事が完了し,祝別式が行われる。 |
| 1988(昭和63)年 |
- |
一宮校舎に全天候型テニスコート2面が完成。 |
| 1989(平成1)年 |
1 |
米国ニューハンプシャー−ノートルダム・カレッジ(2002年廃校)との学生交流制度を設ける。 |
| 1989(平成1)年 |
2 |
新方式による入学試験(試験日1日・第1第2志望制)が初めて実施される。 |
| 1989(平成1)年 |
3 |
大学基準協会賛助会員から,維持会員に昇格が決定。 |
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| |
|
|
| 1989年から1999年まで |
| |
|
|
| 1989(平成1)年 |
4 |
企画広報部設置。 |
| 1989(平成1)年 |
8 |
渡辺和子学長,岡山県三木記念賞を受賞。 |
| 1989(平成1)年 |
12 |
大学創立40周年記念式典を挙行。 |
| 1990(平成2)年 |
3 |
教職課程再課程認定 小学校一種,中学校一種(国語,保健,家庭,外国語(英語)),高等学校一種(国語,書道,保健,家庭,外国語(英語)),養護学校二種,幼稚園一種(適用時期1990年4月1日)。 |
| 1990(平成2)年 |
4 |
雜賀美枝第4代学長に就任。 |
| 1990(平成2)年 |
4 |
渡辺和子,法人理事長に就任,名誉学長並びに名誉教授となる。 |
| 1990(平成2)年 |
10 |
エマニュエル大学より渡辺和子名誉学長に名誉学位授与。 |
| 1990(平成2)年 |
11 |
ノートルダム談話会発足。 |
| 1991(平成3)年 |
12 |
ナミュール・ノートルダム修道女会総長シスター・エレン・ギルティ,及び本部役員シスター・ジャニス・ボーン来学。 |
| 1991(平成3)年 |
12 |
期間を付した入学定員増認可(1992年度入学者から1999年度入学者まで)
英語英文学科100人を120人に,国語国文科80人を90人に,家政学科60人を80人に,児童学科児童学専攻40人を50人に,児童学科児童教育専攻60人を70人に定員増。 |
| 1991(平成3)年 |
- |
夏季海外研修(米国)始まる。 |
| 1992(平成4)年 |
4 |
社会人入学試験制度を設ける。 |
| 1992(平成4)年 |
5 |
NDSU公開講座「女性ライフ講座」,「古典講座」始まる。 |
| 1992(平成4)年 |
12 |
ザビエル館(体育系クラブハウス)落成。 |
| 1993(平成5)年 |
3 |
家政学部人間学研究所を廃止し,キリスト教文化研究所に統合。 |
| 1993(平成5)年 |
4 |
文学部に語学教育センターを設置。 |
| 1993(平成5)年 |
10 |
「ノートルダム清心女子大学学報(ND Bulletin)」100号発行。 |
| 1993(平成5)年 |
3 |
大学院設置委員会設置。 |
| 1993(平成5)年 |
- |
NDSU公開講座「聖書の世界」が始まり3講座制となる。 |
| 1993(平成5)年 |
- |
マレーシア奉仕団に岡山市と同市国際協議会から「海外国際活動振興事業」の第1号として助成金が贈られた(1993年から連続3年間)。 |
| 1994(平成6)年 |
4 |
一般教育科目等を全学共通科目(キリスト教科目,教養科目,語学科目,健康科目)に,専門教育科目を学科科目及び教職等に関する科目に改める(1994年度入学生から適用)。 |
| 1994(平成6)年 |
4 |
図書館で図書管理システム稼動。 |
| 1994(平成6)年 |
5 |
自己点検・自己評価実施準備委員会発足(1997年5月15日まで)。 |
| 1994(平成6)年 |
- |
夏季海外研修に2単位履修認定。 |
| 1994(平成6)年 |
- |
第15回マレーシア奉仕団,クアラルンプールにあるマラヤ大学との交流を始める。 |
| 1995(平成7)年 |
- |
1月17日,阪神大震災がおこり,これを機にNDSU阪神大震災復興支援ボランティアが誕生。 |
| 1995(平成7)年 |
3 |
大学院設置認可(開設1995年4月1日)。
文学研究科 日本語日本文学専攻(修士課程)入学定員6人,英語英米文学専攻(修士課程)入学定員6人
人間生活学研究科 人間発達学専攻(修士課程)入学定員6人,食品栄養学専攻(修士課程)入学定員6人。 |
| 1995(平成7)年 |
3 |
教職課程認定(大学院)(認定時期1995年4月1日)
文学研究科日本語日本文学専攻 中学校専修免許状(国語),高等学校専修免許状(国語),英語英米文学専攻 中学校専修免許状(英語),高等学校専修免許状(英語)。
人間生活学研究科人間発達学専攻 小学校専修免許状,幼稚園専修免許状,食品栄養学専攻 中学校専修免許状(家庭),高等学校専修免許状(家庭)。 |
| 1995(平成7)年 |
5 |
大学院開学式並びにノートルダムホール中央棟竣工式挙行。 |
| 1995(平成7)年 |
11 |
初の公募制推薦入学試験を実施。 |
| 1996(平成8)年 |
2 |
家政学部を人間生活学部に,家政学部家政学科を人間生活学部人間生活学科に,家政学部児童学科を人間生活学部児童学科に,家政学部食品・栄養学科を人間生活学部食品栄養学科に名称変更(1996年4月入学者より)。 |
| 1996(平成8)年 |
12 |
大学院文学研究科の課程及び人間生活学研究科の専攻設置承認。
文学研究科 日本語日本文学専攻(博士後期課程)入学定員2人(開設1997年4月1日)(同専攻修士課程は博士前期課程となる)。人間生活学研究科 人間生活学専攻(修士課程)入学定員6人(増設1997年4月1日)。 |
| 1997(平成9)年 |
3 |
大学院第1回修了式挙行。 |
| 1997(平成9)年 |
4 |
教職課程認定(大学院)
人間生活学研究科 人間生活学専攻 中学校専修免許状(家庭),高等学校専修免許状(家庭)。 |
| 1997(平成9)年 |
4 |
日本語教員養成課程に関する専門科目開設。 |
| 1997(平成9)年 |
10 |
家庭管理実習棟落成。 |
| 1997(平成9)年 |
12 |
人間生活学部食品栄養学科の専攻廃止(変更時期1998年4月1日)。 |
| 1998(平成10)年 |
1 |
1月17・18日,本学を会場として初めて大学入試センター試験実施される。 |
| 1998(平成10)年 |
3 |
管理栄養士入学定員30人を50人に変更承認(変更年月日1998年4月1日)。 |
| 1998(平成10)年 |
3 |
人間生活学部食品栄養学科を管理栄養士養成施設として指定(1998年4月入学者より)。 |
| 1998(平成10)年 |
4 |
朝の始業時間を8:30から9:00に変更。 |
| 1998(平成10)年 |
6 |
台湾天主教輔仁大学との交流制度を設ける。 |
| 1998(平成10)年 |
7 |
同窓会主催による大学創立50周年記念「泥かぶら」上演(岡山シンフォニーホール)。 |
| 1998(平成10)年 |
9 |
ロゴスホール改築(旧セント・ヨゼフホール新館)。 |
| 1998(平成10)年 |
10 |
大学公式ホームページ開設。 |
| 1998(平成10)年 |
12 |
大学創立50周年記念「大江健三郎の講演と大江光の音楽によるコンサート」開催(同窓会共催)。 |
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| 1999年から2009年まで |
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| 1999(平成11)年 |
3 |
文学部国語国文学科を文学部日本語日本文学科に名称変更(1999年4月入学者より)。 |
1999(平成11)年 |
5 |
大学創立50周年記念式典挙行。 |
| 1999(平成11)年 |
7 |
期間を付した入学定員の廃止に伴う入学定員の変更認可(2000年4月入学者より)。英語英文学科100人を110人に,人間生活学科60人を80人に,児童学科児童学専攻40人を50人に,児童学科児童教育専攻60人を70人に変更。 |
| 1999(平成11)年 |
11 |
岡山市内私立大学間の単位互換に関する包括協定を締結(2000年4月より)。 |
1999(平成11)年 |
12 |
大学院人間生活学研究科の課程及び専攻の設置承認。人間生活学研究科人間複合科学専攻(博士後期課程)入学定員3人(開設2000年4月1日)。 |
| 2000(平成12)年 |
3 |
財団法人大学基準協会から,平成11年度相互評価の認定を受ける(平成11年8月に相互評価に係る「自己点検・自己評価報告書」[現状と課題]を提出)。 |
| 2000(平成12)年 |
4 |
教職課程再課程認定(学部)
小学校一種,中学校一種(国語,保健,家庭,英語),高等学校一種(国語,書道,保健,家庭,英語),養護学校一種,幼稚園一種。 |
| 2000(平成12)年 |
4 |
情報機器教育等支援センター開設。 |
| 2000(平成12)年 |
12 |
人間生活学部児童学科児童学専攻を指定保育士養成施設として指定(2001年4月入学者より)。 |
| 2001(平成13)年 |
4 |
木孝子第5代学長に就任。 |
| 2001(平成13)年 |
4 |
教職課程認定(学部)人間生活学科生活・経営学履修コース 中学校一種(家庭),高等学校一種(家庭),環境・福祉学コース 高等学校一種(福祉)。 |
| 2001(平成13)年 |
4 |
社会福祉士試験受験科目開設。 |
| 2001(平成13)年 |
4 |
英国−リバプール・ホープ大学との学生交流制度を設ける。 |
| 2002(平成14)年 |
4 |
就職指導部をキャリアサポートセンターと名称変更し,学生部に統合する。国際交流センターを学生部に統合する。教職課程を諸課程と名称変更し,教務部に統合する。 |
| 2002(平成14)年 |
4 |
中国−大連外国語大学との交流制度を設ける。 |
| 2002(平成14)年 |
5 |
学長事務室に設置されていた資料室が資料編纂室となる。 |
| 2002(平成14)年 |
7 |
文学部現代社会学科の設置認可(開設2003年4月1日)入学定員60人。 |
| 2002(平成14)年 |
7 |
現代社会学科開設に伴う入学定員の変更認可(2003年4月入学者より)
英語英文学科110人を80人に,日本語日本文学科80人を60人に,人間生活学科80人を70人に,児童学科児童学専攻50人を60人に,児童教育専攻70人を60人に変更。 |
| 2002(平成14)年 |
12 |
専攻の収容定員の変更認可(2003年4月入学者より)
英語英米文学専攻12人を8人に,人間発達学専攻12人を22人に,食品栄養学専攻12人を6人に変更。 |
| 2003(平成15)年 |
1 |
豪州−ノ−トルダム大学との学生交流制度を設ける。 |
| 2003(平成15)年 |
4 |
人間発達学専攻にコ−ス制を導入(開設2003年4月1日)
人間発達学コース,臨床心理学コース。 |
| 2003(平成15)年 |
4 |
司書課程に関する科目開設。 |
| 2003(平成15)年 |
4 |
社会教育主事課程に関する科目開設(現代社会学科) |
| 2003(平成15)年 |
4 |
教職課程認定(学部)
現代社会学科社会コース 中学校一種(社会),地理歴史コース 高等学校一種(地理歴史),
公民コース 高等学校一種(公民)。 |
| 2003(平成15)年 |
12 |
豪州−カトリック大学との学生交流制度を設ける。 |
| 2004(平成16)年 |
4 |
広島県高等教育機関協議会の高大連携制度に加入。 |
| 2004(平成16)年 |
11 |
教職課程認定(大学院) 食品栄養学専攻 栄養教諭専修免許状 |
| 2004(平成16)年 |
11 |
人間生活学部食品栄養学科の入学定員50人を80人に変更認可(2005年度入学生より)。 |
| 2005(平成17)年 |
4 |
教職課程認定(学部)
食品栄養学科 栄養教諭一種免許状。 |
| 2005(平成17)年 |
5 |
人間生活学研究科人間発達学専攻臨床心理学コ−ス「臨床心理士」受験資格第1種指定(2006年4月1日から。なお,2004年4月1日以降に入学した院生に遡及適用)。 |
| 2005(平成17)年 |
5 |
人間生活学部児童学科の専攻廃止決定(2006年4月入学者より)。 |
| 2005(平成17)年 |
11 |
人間生活学部児童学科児童学専攻廃止に伴う指定保育士養成施設としての変更承認(2006年4月入学者より)。 |
| 2006(平成18)年 |
4 |
教職課程認定(学部)
児童学科 幼稚園一種,小学校一種,養護学校一種。 |
| 2006(平成18)年 |
4 |
大学コンソーシアム岡山に加入。 |
| 2006(平成18)年 |
9 |
大学院文学研究科の課程及び専攻の設置承認。
文学研究科社会文化学専攻(修士課程)入学定員4人(増設2007年4月1日)。 |
| 2007(平成19)年 |
2 |
新マリアンホ−ル(附属小学校校舎)落成。 |
| 2007(平成19)年 |
4 |
教職課程認定(大学院)
文学研究科社会文学専攻 中学校教諭専修免許状(社会),高等学校教諭専修免許状(地理歴史),高等学校教諭専修免許状(公民)。 |
| 2007(平成19)年 |
4 |
教職課程認定(学部)(2007年度入学者より)
児童学科 特別支援学校教諭一種免許状(知的障害者に関する教育の領域)(肢体不自由者に関する教育の領域)(病弱者に関する教育の領域)。 |
| 2007(平成19)年 |
7 |
ノ−トルダムホ−ル本館及び東棟が国の登録有形文化財に登録される。 |
| 2007(平成19)年 |
11 |
カナダ−ビクトリア大学との学生交流制度を設ける。 |
| 2007(平成19)年 |
11 |
台湾−静宜大学との交流制度を設ける。 |
| 2008(平成20)年 |
9 |
学生部と教務部が学務部に統合される。 |
| 2009(平成21)年 |
1 |
社会教育主事課程に関する科目開設。 |
| 2009(平成21)年 |
4 |
保育士養成施設学生定員20人を40人に変更承認。 |
| 2009(平成21)年 |
12 |
大学創立60周年記念式典を挙行。 |
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